月のあかり
 
 しばらくして満央が店内から戻って来た。
 
 きちんと折り畳まれていたものの、満央の左手にはまだ壱万円札が握られていた。
 
「私の2日分のバイト代‥‥」
 
 満央は折り畳んだお札を広げ、小さく呟いた。
 
 きっとその言葉の続きは『それが、たった5分の遊びで稼げてしまうなんて‥‥』だと思う。
 カルチャーショックにも似た心境に、彼女自身当惑しているに違いない。
 
 
「ビギナーズラック」
 
 ぼくは思わず口に出していた。
 
「ビギナーズ‥‥って?」
 
 心ここにあらずな状態で、ボーッとしていた満央が我に帰ったように訊いてきた。
 
 文字通り初心者には運があるという謂われで、ギャンブルにおいて邪念の薄い初心者は、何故か不思議と《ツキ》というものに見守られて勝ちを呼び込める。
 ところがそれも一時的な栄華であって、いずれは《ツキ》に見放され、転落してしまうのがギャンブル道の因果律でもある。
 しかし、多くの人がその転換期の見極めが出来ず、勝った時の快楽的感覚の再現をいつまでも追い求め、抜け出せない底無し沼へとハマって行く。
 
 ぼくは満央が自分のバイト代と照らし合わせて考えている状況を見て、少しだけ恐れていたことが現実になってしまった気がした。
 そして彼女の金銭感覚に狂いが生じないか、危惧せずにはいられなかった。
 
 
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