月のあかり
築年数が古く、5階建てで部屋数の少ない小さなこのマンションには、管理人室もなければオートロックのエントランスもない。
満央の豪勢な自宅に比べれば、こんな寂れて見える所に住んでいるのかと、落胆されるのが心配だった。
ところが満央はウキウキした様子で「わあ、わあ」と声を漏らして車から下り、マンションを見上げていた。
「ねえ、直樹さんの家は何号室?」
「308だよ」
そう聞いた途端、満央は弾かれるように階段に向かって走り出した。
「ちょっと待てよ」
ぼくの声を無視して、一段飛ばしで階段を駆け上がる満央の後を追った。
普段はおっとりした印象の彼女が、意外にも俊敏で俊足なことに驚かされた。
満央はぼくの部屋の前で、ドアノブをガチャガチャ回しながら待っていた。
「開かないよぉ」
「当たり前だよ。鍵が閉まってるんだから」
ぼくはポケットにしまった部屋の鍵をまさぐりながら、ふと思い出した。
「月を見るのはどうするの?」
とぼくが聞いた。
ぼくの部屋のベランダからは、隣の3階建ての家が邪魔で、空の4分の1も見えないし、この近所には開けた空き地や公園もない。
「ねえ、ねえ、屋上には行けないの?」