月のあかり
「屋上?」
満央に聞かれて思い返した。
そういえば、このマンションに住んで5年も経つのに、屋上には行ったことがなかった。
確か引っ越して間もない頃に、一度だけ探険のつもりで5階から上に続く階段を登ったことがあったけど、屋上への入り口には鉄格子のような柵があって、厳重に南京錠が掛けてあったのを思い出した。
「ダメだよ。鍵が掛かってて、屋上には入れないよ」
それを聞いて、満央は唇を尖らせたが、「行ってみようよ」と言って、また階段に向かって走り出した。
真夜中のマンションの廊下は、冷たく乾いた空気で静まりかえっている。
満央はスニーカーを履いているからまだいいが、ぼくは底の固い革靴だから、歩くだけでもコツコツと足音がコンクリートの床に響いてしまう。
これで走ろうものなら、近所迷惑もいいところだろう。
ぼくは出来るだけ足音をたてぬよう、まるで月面を歩く宇宙飛行士のように、自分の体重を滅却する重力の軽減をイメージして、爪先立ち気味の不格好な走り方で満央の後を追った。
「遅いよっ」
満央は屋上への入り口を遮断する鉄柵の前で、膝を抱えるように座って待っていた。
「ほら、やっぱり鍵が掛かっていただろ?」
ぼくは鉄柵の前に立ち、『思った通りだ』と確認するように、鉄柵の扉にぶら下がる南京錠を手で摘んで引っ張ってみた。