月のあかり
 
 ぼくが思い切って質問しようとすると、0コンマ数秒早くあかりのほうから質問のストレートパンチを繰り出してきた。
 
「嶋さんて下のお名前は何ていうんですか?」
 
 不意を突かれたぼくは、慌ててスーツの胸ポケットをまさぐり、名刺入れを取り出した。
 
 まったく職業病的な条件反射というやつだろうか、きちんと両手であかりに名刺を渡しながら、「よろしくお願い致します」と畏まった営業口調で言ってしまった。
 あかりはぼくがわざと小芝居的に言ったと思ったのか、「いえいえ、こちらこそ」なんて低い中年男性の声色をまねるように調子を合わせてくれた。
 そしてすぐに「わぁわぁ」と小さく歓声をあげ、好奇心旺盛な少女に戻ってぼくの名刺を受け取った。
 
 
 営業部
    嶋 直樹
 
 
「直樹さんていうんですね」
 
「あぁ、そうだよ」
 
 あかりは物珍しそうに目を輝かせ、名刺の裏と表を何度も引っ繰り返して見入っていた。
 
 ぼくは某パチンコメーカーの販売営業部に勤務していた。
 正直あまり仕事はうまくいってなかったし、色々な面で自信を失いかけていた。
 それに他の商売や業界とは取引したり扱う金額が1桁も2桁も違い、浮き世離れした感覚の世界に、近頃うんざりした気持ちが芽生え始めていた。
 
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