月のあかり
振り返ると、ヒメはぼくらが座っていたベンチに乗り、名残惜しそうにこちらを見ていた。
「大丈夫だよ。もともと屋上にいたんだし」
連れて帰りたいのは山々だったが、ぼくが飼うことは出来ないし、やはり他に飼い主がいるのではないかという可能性も捨て切れなかった。
置き去りにするのは一見残酷のように見えたけど、屋上への階段を遮断する鉄柵の幅も、猫が往来するのに充分過ぎる広さがあった。
本来、自由気ままな猫の気質や縄張りなどの習性からして、自分から好んでこの場所に来ているのだろうから、何も心配する必要はないと思う。
ぼくらは見送るヒメに手を振って、階段をゆっくりと下りた。
鉄柵の扉を閉めた後、開いていた南京錠をどうするかに困った。
「ねえ、それ壊れてたの?」
満央に言われ、改めて手に取って調べてみる。
カチッとはめると閉まるのだが、強く引っ張ると、やはり壊れているようで、輪の部分が抜けて外れた。
それを見て、勘のいい満央がこう言った。
「このこと、誰も知らないんじゃない?」
確かに閉めておけば、見た目では壊れているなんて分からないし、恐らく鍵を使って普通に開け閉めも出来るのではないだろうか。
それに屋上には、管理会社から派遣された清掃業者が、一年に一度ぐらいしか出入りしないはずだ。
南京錠の秘密を誰も知らなければ、自由に屋上へ行き来出来るのは、ぼくらだけの特権になる。
まさに子供の頃の秘密基地みたいだ。
ところが満央は、ぼくとはまた違う感覚で、この南京錠を見つめていた。