月のあかり
 
「ねえ、南京錠を掛けるなんて、あの場所を思い出すねっ」
 
「あの場所って、前に行った高台の鉄塔?」
 
「そう、直樹さんが連れて行ってくれたあの展望台」 
 ぼくの脳裏には、あの展望台の手摺りや金網に、鈴なりにぶら下がる無数の南京錠が浮かんだ。
 桜の花びらが散り、ピンク色の坂道が出来る頃には、再び満央と二人で行こうと約束した場所だ。
 きっとその時には二人で南京錠を付け、手作りのサンドイッチを食べようなんて話もした。
 
 この壊れた南京錠を見ただけで、あの時の事を思い出す彼女のロマンティシズムに、ぼくは素直に平伏する思いでいた。
 
「春になったらまた行こうね」
 
 あれからデートらしきデートもせず、ようやく今日になって二人で行った場所は、パチンコ店に寄り道程度に入っただけ。
 満央の自宅に招待されたかと思えば、緊急な仕事が入り、数時間離れ離れになる始末。
 退屈させて申し訳ないという気持ちから、率直に出た言葉だった。
 ところが彼女の口から出た返事は、いい意味でぼくの予想に反していた。
 
「あの展望台の眺めも素敵だけど、私はこの屋上の眺めでも充分満足だよ」
 
 ぼくが感慨深く頷くと、満央は南京錠に手を添えてこう言った。
 
「ねえ、この南京錠を掛けるの、あの展望台の代わりにしようよ」
 
 つまりこの屋上は二人だけの展望台。
 
 その入り口を自由に出入りする事が出来る鍵。
 
 この鍵を開ける時は、二人の絆を解くというネガティブな意味ではなく、秘密基地で夜空を嗜み満喫することで、何度でも愛の絆を確認し合える永遠の封印。
 
 そんな願いを込めようという彼女の純真な発想だった。
 
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