月のあかり
「にゃあ」
玄関のドアの向こうから再び猫の声がした。
「ねえ、直樹さん、ドアを開けてあげて。飼えなくても、今日だけ部屋の中に入れてあげて」
懇願する満央の言葉に、ぼくも異存はなかった。
薄氷を踏むような抜き足で玄関に近付き、二人で手を添えて猫が通れるぐらいの幅だけドアを開けた。
うっすらとした廊下の外灯が部屋の中に差し込むと、その足元にはヒメが佇んでいた。
「おいで」
満央が目線を合わせるようにしゃがんで手を広げると、ヒメは恐る恐るドアの隙間を擦り抜け、彼女の腕へと絡み付いた。
「夢に出て来てくれたんだね。会いたかったよ」
お姉ちゃん‥‥という名詞は口に出さなかったけど、満央は懐かしそうにそう言い、ヒメを抱き上げて頬を寄せていた。
『会いたかったよ‥‥‥』
満央の発した、そのさりげない言葉の中の深みと重み。
ぼくは初めて彼女の胸に秘められた心の闇を垣間見た気がした。
その後、ぼくらはヒメを囲んでベッドの脇の床に座った。
たまたま残っていた魚の缶詰をヒメに与えると、美味しそうに食べていた。
それを見ていたぼくらも、何だか小腹が減ってきた。
「ねえ、お腹空かない?」
まだ19歳。若くて食べ盛りの満央は、深夜に感じる空腹感に我慢しきれない様子だった。