月のあかり
『ねえ、直樹さん。ねえ、そうして。ねえ、そうしようよ』
じっとぼくを見つめる彼女の瞳の深底を覗き返すと、そんな心の声が読み取れた。
そうすることによって誤解を解き、仲良く取り繕って欲しいという懇願が込められていたのだろう。
しかし、満央の心理を解読していながらも、ぼくのとった反応は正反対のものだった。
「いや、遠慮するよ。一応まだ仕事中だし」
ぼくがそう言うと、満央はスーツの袖を摘んでいた指の力をすっと抜き、ゆっくりと手を離した。
『ねえ、どうして? ねえ?‥‥』
満央の心の声に躊躇いながらも、応えてあげることが出来なかった。
ただ、彼女の隣で薄笑いを浮かべているように見えた高梨の表情が、そうしたぼくの反応を誘発し決定させたのだ。
まさに非力なレジスタンス。
痩せ我慢的テロリスト。
「じゃあ、満央ちゃん。もう少し遊んでいこうよ」
温存していた決めセリフのように高梨が言った。
彼にとって、ぼくの反応は予め想定された都合のよいものだったに違いない。
偶然にも最激戦区の戦場に迷い込んでしまった貧弱な装備の兵士。
地を裂くような猛烈な爆音が響き、巨大な火炎が宙を舞う。
そんな惨状を目の当たりに恐れをなし、腰を抜かして逃げ帰ろうとしている。
きっとそれが彼の目に映る今のぼくの姿なのだろう。
限りなく的を得てるし、否定するつもりもない。
「満央ちゃん?」
同意を求めるように再び高梨が聞き返す。
満央は高梨の問い掛けに対し、すぐには返事を下さなかった。