月のあかり
「これはね」
前にもあかりには、ぼくの仕事のことは話していたけど、具体的なことは彼女にとってチンプンカンプンだったに違いない。
ちょうどいい機会だから、ぼくの使っている仕事の道具を見せて、分かりやすく説明してあげることにした。
「パチンコ台の釘と釘の間を、ちゃんと玉が通るかどうかを調べたり測ったりするんだ。それで釘をハンマーで叩いて調整するんだよ」
正確には棒の先に付いた《疑似玉》の大きさが、0コンマ数ミリ単位で違うゲージ棒が何種類もあって、釘を擦る程度に玉が通過するようにしたり、ギリギリで通過するようにしたり、非常に精密な釘と釘との幅を、人間の目や手の微妙な感覚を頼りに調整する道具なのだ。
こんなことは一般の人は滅多に知らないことだろう。
電化製品と同じように生産工場がオートメーション化されても、最後の微調整は生身の人間の手が加えられなければ完成されないというのが、まだまだ科学の脆弱さであり、人間が辛うじて保っている尊厳でもあると思う。
これが無くなったら、よくあるSF映画のように、地球はロボットやコンピュータに支配されてしまうかも知れない。
そういった意味では、ビジネスマンとしての華やかな営業職と、手先の細かい技術職を兼ね備えた特殊なこの仕事は、最近抱き始めた嫌気とは別に、誇りに思える部分が幾つもあったし、決して嫌いではなかった。
「なんか歯医者さんの道具みたい」
あかりは感心しながらも、彼女独特の奇抜な感想を聞かせてくれる。