月のあかり
 
「本当にそう思う?」
 
「ああ、本当だよ」
 
 満央は安心したかのような穏やかな表情を見せた。
 
「ありがとう」
 
「‥‥いえ、いえ」
 
 他人行儀で余所余所しく礼を言う満央に、ぼくは戸惑い混じりの返事をした。
 
 彼女は黙ったまま、じっとぼくの顔を見据えていた。
 その瞳には穏やかに見える表情とは裏腹に、調和の取れていない切なげな眼差しが秘められているように思えた。
 まるで瞳の向こうには、ためいき色の世界が綿々と広がり、暗黒の雲海へ連なることを示唆しているように。
 
「ありがとう‥‥」
 
 もう一度、満央が呟くように言った。
 
 ぼくは小さく頷いたあと、すぐに再確認する意味で大きく頷いた。
 
 
 
 やがて、風の止んだ街路樹のざわめきが静まるように、二人の会話は取り留めもなく潰えていた。
 
 防音扉の開く音がした。
 
 さっきまで何度が聞いた、ドンッとぶつかるように叩いて開ける音ではなく、ギィィーッと軋むように開く音だった。
 長澤さんがこちらの部屋に戻ってきた。
 満央に休憩時間が繰り上がったことを告げると、長澤さんはぼくに向かって申し訳なさそうに、顔の前で手を合わせた。
 
 
 ぼくと満央の二人きりの時間を引き裂く‥‥これも高梨の仕向けた仕業なのだろうか。
 
 満央は実直な返事をし、無表情のまま席を立って防音扉に向かった。
 
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