月のあかり
第8章 別れと約束
 
      14
 
 夏の終わりの夕暮れは物悲しい。
 
 それは一つの季節の終演を示すものでもあり、季節の終演は、一つの物語の終演を連想させるレクイエムにも似ている。
 
 ぼくは勤めていた会社に辞表を提出していた。
 
 多忙な勤務はぼくの身体を蝕み、心を消沈させていた。
 
 まるで夏の疲れ‥‥そういう疲れ。
 
 そんな中で昼夜問わず東に西に駆けずり回り、無理を重ねていたぼくの体力と免疫力は、自覚症状もないままに著しく低下していた。
 やがて、ぼくは帯状疱疹を患った。
 背中から右腕の神経に掛けて鈍痛が走り、車の運転も儘ならなかった。
 免疫力を失っていたのは身体だけではなかった。
 営業先へ訪問するだけで、心の拒絶反応は吐き気を催し、頭痛や目眩にまで苛まれていた。
 
 
 満央‥‥‥
 
 彼女の名前を心の中で呼び、あの屈託のない無邪気な笑顔を思い出す。
 それがぼくにとってのマルチなサプリメントであり、心と身体の疾病に対する特効薬なはずだった。
 ところがぼくは自らその特効薬を断っていた。
 それは明らかに自虐行為であり、ネガティブな思考を増幅させるだけの愚行であることも、どこかで自覚していた。
 それでもぼくは自虐心のハイウェイを突っ走り、心の幻影が築造した迷宮から、抜け出すことが出来なかった。
 
『いろいろ事情があって会えないんだ。ごめんね』
 
 そんなメールの切り出しから、ぼくは二人の間に距離を置くことを提案した。
 
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