月のあかり
もしかしたら、普段の彼が醸し出す高圧的で横柄な態度は、そうした暗い過去や体験が起因させた自己防衛的本能だったのかも知れない。
ぼくはベンチに座る高梨の隣りに腰を掛けた。
「セレーネーとエンディミオン」
独り言に似せながら、彼に聞こえる声でぼくが言った。
高梨は閉じていた目を開け、驚いたように隣りに座ったぼくを見た。
「君にとって、舞は月の女神だったんじゃないのかい?」
「月の女神か‥‥」と高梨は思いに耽るように答えた。
「ああ、そうだよ。それは単に演劇の配役のことではなく、君の人生にとってだよ」
ぼくはそう言葉を切り出し、信じてもらえるか分からないけど、と前置きして、過去に見た《ためいき色の夢》の話をした。
再びタバコに火を付け、彼は黙ってぼくの話を聞いていた。
舞のこと‥‥‥満央のこと‥‥‥ 彼女たちが夢の中でも忽然と姿を消してしまったり、暗黒の雲海に吸い込まれて行く様は、話しているぼく自身も例えようのない悲痛な寂寥感に襲われた。
そしてぼくは彼にあの質問をした。
「満月が半分になったらどう思う?」
不明確な質問の意味に高梨は答えあぐね、言葉を詰まらせていた。
しかし、役者としてのアーティスティックな感性に長けているのか、その答えを導き出すのにさして時間は要さなかった。