月のあかり
 
「満央はまたお水のバイトを始めたようです」
 
「‥‥‥」
 
 それは想定もしていないことだった。
 ぼくは言葉を失った。
 
 暫しの沈黙を置いたあと『ありがとう』と手を上げて冷静を装った。
 高梨はため息混じりでタバコの煙りを吐き、潤んだ目を隠すようにまた俯いている。
 彼もそれ以上の言葉を発しなかった。
 ぼくはそのまま店の出口へと向かった。
 高梨と会うのはこれが最後になると思う。
 彼もきっとそう悟っているに違いない。
 
 ぼくは背中で別れを告げるように、振り返ることはしなかった。
 
 
 店を出たあと、歩きながら考えた。
 満央‥‥‥なぜお水のバイトに?
 
 彼女は貯金を使い果たしただけではなく、お金に困窮し、消費者ローンなどにも手を出してしまったのではないかと、嫌な予感が過る。
 
『私、こういう仕事向いてないのかな‥‥‥』
 
 出会って間もない頃、そんな相談をしてきた彼女の悲しげな面持ちを思い出す。
 すると、懸念と同時に、少しだけ嫉妬に似た、あるいは裏切られたような複雑な心境にも陥った。
 
 でも君を責めることは出来ない。
 
 君という小舟を係留していたロープを切ってしまったのはぼくだ。
 高梨という小島に漂着し、そしてまた君は何処かへと漂流してしまった。
 
『満央は直樹さんが愛してあげてね』
 
 それが舞とのもう一つの約束。
 
 まだ間に合うだろうか?
 
 満央を取り戻し、この腕に抱き締めることが‥‥‥
 
 
 
 
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