月のあかり
 
 そこには桜の花びらに敷き詰められた、急な勾配の上り坂が続いていた。
 
 ピンク色の坂道。
 
「ぼくの言った通りだろ?」
 
 そういいながら、ぼくも初めて見る景色。
 満央といつか一緒に見ようと約束したこの景色。
 
「見たかったんだ、直樹さんと二人で」
 
 満央は嬉しそうに微笑んでいた。
 
 ぼくはゆっくりと車を走らせ、やがて坂道の頂上に辿り着いた。
 頂上には電飾を纏った鉄骨の小さな展望台があった。
 
「ねえ、行こうよ」
 
 車を降りた満央は、ぼくの腕を強く引っ張った。
 
 ぼくらは手を繋ぎ、子供のようにはしゃぎ声をあげ、小走りで階段を駆け上がってゆく。
 屋上に着くと息を切らせながら、高々と広がる空を見上げた。
 昼とも夜ともとれない曖昧な色の空だった。
 敢えて称するならこうだろう‥‥‥ためいき色の空。
 
 そこに満月は浮かんでいなかった。
 
「あそこだよ」
 
 満央が空の端に視線を向けた。
 視線の先には微かに左側の輪郭を残した細い月が、疲れたように横たわっていた。
 
「ねえ、直樹さん」
 
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