月のあかり
「あ、あかりちゃん?」
お互い耳元から携帯を下ろして、にんまりと微笑みながら余所余所しく会釈をした。
あかりは髪をアップにしていてオリエンタル風な上着を纏っていた。
夕刻とはいえ、まだ明るい街の雑踏の中で見る彼女の姿はとても幼く見えて、今までの印象とはまた別人の彼女の風貌に、ぼくは何だか縹渺たる罪悪感に苛まれた。
一方あかりのほうも、スーツ姿のぼくしか見たことなかっただろうから、今日のようにカジュアルなキャプ帽をかぶり、ファーの付いた革のハーフコートを羽織っているぼくの姿にまったく気が付かなかったらしい。
実は今日、本来休みであるはずの土曜日だったのに、緊急の仕事が入ってしまい、急いで業務を終わらせて会社の駐車場の営業車の中で慌てて着替えたのだった。
単なるデートならば、そのままのスーツ姿でもよかったのだが、ボウリングをやるとなったら動きやすい私服のほうがいいに決まってる。
それに、歳の差を少しだけ引け目に感じているぼくにとって、何となく若さをアピールするチャンスだという気もしていた。
まあ、そんなことを考えること自体、すでに年寄り気味た発想なのかも知れない。
「あはっ、若いですね。私服姿見たことなかったから‥‥」
嶋さんだなんて全然分かりませんでした。
あかりはそう言葉を続けて小さく舌を出した。
それはぼくの《若づくり》を見透かしたサインのようにも思えたし、彼女自身の照れ隠しの仕草にも見えた。
「あかりこそいつもと違う雰囲気だから、気が付かなかったよ」
ごめんねっ‥‥と付け足すと、あかりは「ううん」とかぶりを振った。