月のあかり
ふと隣を見ると、あかりも入会手続きの記入をしていた。
そこには名前と住所を書く欄もある。
ぼくは彼女の秘密が知りたくて、カンニングする万年赤点の落ちこぼれ生徒のように、横目で彼女の記入用紙を見てしまいたい衝動にかられた。
ところがそんなぼくの葛藤をよそに、記入者用の狭いカウンターの上で、書き終わった彼女の用紙の氏名欄が、チラリとぼくの視界へ否応無しに飛び込んだ。
これは決して故意の覗き見ではない。
あくまでも偶然が作り出した不可抗力の産物だ。
あかりの書いた字は、ぼくの詠草のような走り書きとは違い、女の子らしい丸みを持ちつつも、どこか知性を感じさせるような達筆さも含んでいた。
望月 あかり
そこに書いてあった名前が、本当に本名かどうかなんて何の確証もない。
身分証明まで提示する訳じゃないから、当然ここにも偽名を語ることは出来る。
でもぼくにとっては、それが本名であれ、あるいは即興で書かれた偽名だったとしても、また一枚彼女の秘密のベールが脱がされたような気がした。
そして、こんな小さなことでも吐息混じりに「おおぉ」と感嘆せずにはいられなかった。
小面倒な申し込みが終わると、ぼくらは順番待ちの為に受け付け前の丸い椅子に並んで座った。
すると、しばらく何やらモゾモゾしていたあかりがいきなり立ち上がった。