月のあかり
 
 そうしてぼくとあかりは手を繋いだまま、週末のごった返す人波を掻い潜るように擦り抜け、結局それ以上の会話も出来ない状態で、駅の改札前まで流れ着いてしまった。
 
 あかりに会うことで充分過ぎるぐらい浮かれていたぼくは、ボウリングをして、食事をして、そしてその後どうするか‥‥?
 そんな予定も計画も熟考していなかった自分の浅はかさを後悔した。
 
 しかし、いまさらどうする事も出来ず、無言のまま別れを惜しむように向かい合って佇む二人の間には、今日のデートの終焉の時を素直に受け入れざるを得ない空気が漂っていた。
 
「ねえ、嶋さん」
 
「なに?」
 
「嶋さんじゃなくて『直樹さん』って呼んでいい?」
 
 二人だけの静寂の空気の中で、あまりにも唐突で意外過ぎるあかりの直訴だったけど、ぼくはそれほど驚かなかった。
 
 今日のこれまでの会話や、一週間前の喫茶店での会話からも、彼女はぼくに対して余所余所しい敬語や丁寧語と、子供っぽい親しみを込めた甘え言葉の使い分けの間を行ったり来たりしていた。
 そうすることで、彼女なりにぼくへの呼び方を模索していたであろうことは、何となくぼくも察していた。
 
 元よりぼくのほうも「あかり」と基本的に呼び捨てにすることで、親しい関係の構築を早くから無意識的に望んでいた振る舞いだった。
 
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