月のあかり
あかりがくれた返事は、やっぱり鼻に抜けたようなハミングの頷きだった。
そして無言の頷きを2、3度続けた後、ゆっくり後ろを向いて改札口を通り、ホームへの階段へと歩いて行った。
何故か彼女は後ろを振り向かなかった。
終電の時と違い、乗降客で賑わう駅の構内で、あかりの姿はたちまち人ゴミにかき消された。
ぼくは深い息を吐いた。
それは今夜の不本意なデートの有様への単なる落胆ではなく、彼女の残り香と温もりの余韻に浸るセンチメンタルな感情から出たものでもなかった。
心の闇に小さく灯る月の明かりが、ためいき色の霧に包まれるのを吹き払うように、細く深く吐いたものだった。
帰りの電車の窓からは下弦の月が高さを増して、地上のすべてに柔らかく浸透するような銀色の光を放っていた。
きっといま、あかりもこの月光を振り返って見つめているのだろうか‥‥‥。