月のあかり
いわゆるトラウマというやつが《負の連鎖》となってぼくの脳裏に襲来する。
いまさらどうでもいい思い出。
思い出したくなかった不必要な記憶の細胞。
必要も不必要も引っ括めて繰り返される脳細胞の再生と活性化。
それは紛れもなく、頭の中に編集された私小説。
ぼくはその苦々しい記述のページにばかり、記憶の栞を挟んでしまう悪癖があるようだ。
そして無性に虚しくなった。
ぼくは、純粋にあかりのことが好きなだけ、ただそれだけなのに。
路上に駐車しておいた営業車に戻ると、ボンネットの上に一匹の猫が座っていた。
こんな高層ビル街のど真ん中なのに、何処かの飼い猫なのか人に慣れているようだった。
近寄っても逃げようとせず、まるで何かを話し掛けてくるように長い声で「にゃあ」と鳴いた。
白地にグレイの斑で毛艶が良く、整った顔付きはきっと猫の世界でも美形と称されるのではないかと思わず感心してしまう。
「どうした? お前どこの子だ?」
「にゃあ」
ぼくが話し掛けると、猫はまるで返事をするようにまた鳴いた。
そんな非現実的な光景に、癒されたぼくは、無意識にその猫を撫でようと手を伸ばし掛けたところで躊躇った。
ここで「シャーッ!」なんて態度を翻されたら、裏切られたような強烈なショックを、骨の髄まで刻み込まれるかも知れないからだ。