月のあかり
 
 ところがその猫は、ぼくの差し出す手に臆することなく、自分から頭を傾げた。
 そしてぼくの手が艶やかな毛並みをなぞると、いかにも気持ち良さそうに目を瞑った。
 
 ♪♪♪ ♪♪♪
 
 猫に触れた途端、携帯電話が鳴った。
 
 営業職のぼくの携帯は、忙しい時期には一日に何十回も鳴る事があるが、いまのような暇な時期には、その機能が無用の長物になることもある。
 
 きっと、今し方営業で訪問した得意先が、また暇潰しの問い合わせでもしてきたのだろう。
 だが着信番号を見ると、表示されたのはまったく知らない番号だった。
 
 どうせイタズラか間違い電話に違いない。
 
 やはり営業職という特性上、名刺をばら蒔いているようなものだから、不審者からの意味不明の着信が時々入ったりもする。
 これもそうだろうと決め付け、ぼくはぶっきら棒な声と口調で電話に出た。
 
 
「あっ、もしもし、あかりです」
 
 まさかの着信相手に、ぼくは言葉を詰まらせた。
 
「‥‥‥」
 
 電話を掛けてきたあかりのほうも、気まずそうで、しどろもどろした口調だった。
 
「あ、あの、あかり‥‥‥です」
 
「え、あ、うん」
 
 嬉しさと気恥ずかしさで、飛び上がりたいぐらいの気持ちを無理に押さえると、不自然な返事しか出来なかった。
 
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