月のあかり
 
「ねえ、嶋さん?」
 
 百面相のように表情を変える彼女が、今度は瞳を潤ませ悲しげな面持ちになった。
 
「‥‥え?」
 
 彼女の綺麗な手と指に見惚れていたぼくは、びっくりしたような生返事をした。
 
「私、こういう仕事向いていないのかな‥‥‥」
 
 突然ネガティブな思考を訴えるあかりに、ぼくは少し戸惑った。
 
 確かに彼女がこの仕事が向いているとは言えない気がする。
 
 でもそこがいい。
 
 そういうぎこちなさが可愛らしいし、逆に彼女のキャラクターの魅力を引き出しているんじゃないかって思える。
 
 だけど、どんな仕事もそうだろうけど、最初はみんな勝手が分からず緊張していて不慣れなものだ。
 それが少しずつ慣れはじめ、やがて熟練したスタッフへと成長して行くのが世の常でもある。
 
 でも‥‥ちょっと待てよ。
 ぼくは自問自答する。
 
 その摂理を『あかり』に当てはめると、なんだか無性に寂しい気もする。
 彼女がこの仕事に慣れ、お客に愛想笑いをしながらこの場限りの疑似恋愛を、不特定多数の男達の前で毎晩演じ続ける。
 そんな想像を巡らせた行き先には、とんでもなく虚しい寂寥感に襲われてしまう。
 ぼくは彼女の醸し出す《場違いな純朴さ》に惹かれたのだから。
 
 ほんの数秒間の沈黙とはいえ、あかりの漏らしたたった一言の問い掛けに、彼女以上にネガティブな思考に溺れていた自分に気が付くと、慌てて彼女の表情をうかがった。
 
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