月のあかり
そうは言っても、やはりそれに関する正しい定義を述べれる訳ではない。
死んだ人が夢に出て来ただとか、具体的に何か会話を交わしただとか、そんな漠然としたイメージや、『これは実話です』と題された書籍に記述されていた事を言っただけなのだ。
ぼく自身、特に霊感があるとか、非科学的な世界に対して、強い信仰心がある訳ではなかった。
「どうしてお姉ちゃんは、私の夢には出て来ないんだろう」
満央は独り言のようにボソッと言った。
どうしてぼくの夢に出て来たのだろう‥‥ ぼくにとってはそのほうが、よっぽど不思議に思えることだった。
「ねえ、満央。お姉ちゃんの名前は漢字でどう書くの?」
姉の死について、満央の心にどれほどの深い傷が残っているかは推測出来なかったけど、ぼくは彼女を傷付けないように、質問の仕方と声のトーンに慎重を払った。
「舞姫の『舞』(マイ)だよ」
「舞姫って、森鴎外の小説の?」
正直言って、中学の国語の授業で噛った程度の知識で『森鴎外』なんて咄嗟に名前を出してしまったけど、満央は「そうなの」とあっさりと肯定してくれた。
「うちのお母さんが小説を読んでいる時に陣痛が始まって、お姉ちゃんが生まれたんだって。それで舞姫の最初の字を取って『舞』って付けたらしいの」