月のあかり
車道を横切り、こちら側へ渡って来た満央を助手席に乗せると、いつものように車を街道沿いに南下させた。
「ねえ?」
満央は甘えた口調で言ってきた。
「ん?」とぼくが鼻の奥で声にならないような素っ気ない返事をすると、満央はじれったそうにぼくのスーツのシワを摘んで引っ張った。
彼女のその子供っぽい仕草の意図は、何かおねだりをする時の癖だという事を、ぼくはもう充分に承知していた。
「たまにはどっかに連れていってよー」
「どっかって、どこ?」
「うーんとねぇー‥‥」
そういえば、高台の展望台に行き、その帰りにホテルに寄ったあのドライブデートから、いつの間にか数週間が過ぎていた。
当然毎日のように連絡は取り合っていた。
しかしお互いに休みの日が合わず、バイト帰りの彼女を送る以外に、デートに連れて行くことが出来なかった。
付き合いだして間もないカップルが、数日に一度の数十分間の帰宅ドライブだけでは彼女も不満だったはずだ。
同じ行動パターンの繰り返しでは、育むべき愛の苗木があっさり枯れてしまわないとも限らない。
ぼくたちは、ただでさえ31歳と19歳の不自然でアンバランスなカップルなのだから、その継続には執拗にも慎重を期するべきだろう。
《愛の栄養失調だよ》なんて満央の心の声が聞こえてきそうで、ぼくは創意工夫の足りない自分に『指導』のジャッジメントを出さざるを得なかった。
「ねえ、ねえ、直樹さんはどんな所に営業に行ってるの?」
喫茶店でゲージ棒を見せて以来、いままでぼくの仕事に関して、突っ込んだ質問や関心を見せなかった彼女が、今日に限っていかにも興味がありそうに質問をしてきたことが、少し奇妙で意外に思えた。