月のあかり
「そうだね」
ぼくが耳元で少し大きめな声で言うと、耳に息が掛かったせいもあったのか、満央はびっくりしたように首をすくめていた。
老若男女がずらりと一列に並んで座り、脇目も振らずパチンコ玉と液晶画面の変化に没頭し、一喜一憂する姿は、興味が無い人の目には滑稽で奇異な光景に映るかも知れない。
ぼくは珍獣動物園を見入るようにはしゃぐ満央の手を引き、通路に立ち止まる人を掻き分けながら徘徊するように店内を進んだ。
「ねえ、あっちは?」
満央はぼくの耳元に口を近付けて言うと、店内の奥に位置する薄暗いコーナーを指差した。
「ああ、スロットコーナーだね」
「スロット?」
「そう、パチスロ」
「パチ?‥‥スロ?」
満央は何の事かよく分かっていないようだったが、「やりたい、やりたい」と必死にぼくにせがんだ。
しかし幸か不幸かスロットコーナーには空き台は無く、ぼくらが遊技を嗜むスペースは何処にも用意されていなかった。
同じ業界人として胴元側の裏事情も知っているぼくとしては、ミイラ取りがミイラになるような失態だけは決して演じたくない。
これはギャンブルであり、言うなれば賭博場なのだ。
正直ぼくは、満央をこういう世界へ引き込みたくはなかった。