月のあかり
 
「どうしたの?」
 
 ぼくは自分で意識している以上に心配そうな声を漏らしていた。
 
「あの人ね、知り合いだったの。それでね、いま座っている台をちょっと満央にやらせてくれるんだって」
 
「‥‥そう」
 
 ぼくは思い切り不機嫌な返事をした。
 
 満央は「ちょっと待っててね」と言って、また男のいるパチスロ台のほうへ小走りで戻って行ってしまった。
 
 男は自分の打っていた台に満央を座らせると、ぴたりと横に寄り添って彼女の手を取り、遊び方を過剰なくらい優しく教えていた。
 
 たまらなく不愉快で歯痒い気持ちになった。
 満央との共有する貴重な時間をまるであの男に奪い取られた気がしたからだ。
 
 ぼくはあの男が何者か知らないし、この狭い通路内では、その場にぼくも加わって、満央に遊び方を教えながら寄り添うことなど不可能だった。
 ぼくは6、7メートル離れたこの場所で棒立ちのまま、楽しそうにスロットを打つ二人を、指を銜えるように黙って見守ることしか出来なかった。
 
 
 やがて満央が打っていた台の大当たりランプが激しく点滅した。
 満央は大当たりの意味が分かっていないようだったが、隣の男に諭されると、座りながらもお尻を浮かせるように飛び跳ねて喜び、得意気にぼくに向かってVサインをして見せた。
 
 ぼくは強ばった苦笑いで、手を上げて応えた。
 
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