TABOO 短編集
「美弥、秋君よ。憶えてるでしょ? 春からこっちの大学に入るから部屋を探しに来てるの」
おばさんが言うと美弥ははっとしたように振り返り、後ろの男に「はとこなの」と説明した。それから俺を見て、
「秋、こちらは尚文さん」
慎ましく微笑んだりなんかして、五年前とはずいぶん態度が違う。
「もうお父さんたら全然降りてこないわね。きっと部屋で拗ねてるのよ」
しょうがないわね、と苦笑して、おばさんは階段をのぼっていった。
三人だけになると、美弥の彼氏は人の好さそうな笑みを浮かべた。
「秋君、今度大学生か。家はどの辺りにするんだい?」
「中央線沿いで探そうかと」
「中央線か……あ、美弥のとこって家賃いくらだっけ?」
男の言葉に美弥は驚いた顔で振り向いた。長い髪が揺れ、甘く香る。
「うちは学生には少し高いと思うわ」
気品漂う横顔に、魔性の光は見当たらない。男の前だから隠しているのか。
それとも……忘れてしまったのだろうか。
無垢だった少年をがんじがらめにしてしまった、あのいたずらな行為を。