優しい旋律
がたん。
何かにぶつかってしまったようだ。
一瞬にして、部屋中に静寂が響き渡る。
「・・・!?」
彼女は部室に背を向け、外に出ようとした。
「待ちなさい」
呼び止める声が聞こえる。
恐る恐る振り向く。
しかし、その声はいつも聞く、あの冷たい声ではなかった。
それはどこか、暖かく、優しい声。
そう、まるであのピアノの音色のように。
かたん、とピアノの蓋が閉められた。
「こんな時間に練習か?」
彼が彼女に近づいてくる。
彼女は慌てて言った。
「いえ、その・・・」
急いで持っていた退部届を後ろに隠す。
ふ、と突然に彼の口に笑いが灯った。
「頑張りなさい。君には期待している」
そう言うと、彼は彼女の肩に手を軽く置き、教室を出て行った。
思いも寄らない彼のその態度に、思考が止まる。
彼女は反射的に先生の背を追った。
「あの・・・!」
彼が歩みを止め、彼女の方を振り向く。
「何だ?」
上手く口が動かない。
「いえ、あの・・・。あ、ありがとうございます!」
彼は微笑を顔に浮かべ、再び歩き出した。
初めて見る先生の微笑み。
何時の間にか、彼女の心は少し速めに走り出していた。