Last flower【執筆中】
4.
カスカとユルカがこの場所で正式に皆に紹介されるのは、夕飯時らしい。
同じスモック状の服を着るのだから、motherやここにいる子供達がびっくりするくらい、姿かたちがそっくりな双子の、どちらがユルカかカスカかなど、見た目だけでは誰にもわからないはずだ。
なんの目印もない。背骨の真ん中で切り揃えられた髪の長さも黒さも質も同じ。声もそっくりだ。
カスカとユルカは一対なのだから。
「ここが、あなた達のお部屋よ」
ノックをしながらそう言ってmotherが開けた部屋の中には、緑がかった金色のとても長い髪の女の子がいた。
その髪を、ゆっくりと大切そうに飴色の櫛で梳かしながら振り向いた彼女の目は、涼しそうな切れ長で、カスカとユルカを交互に眺める顔は無表情だった。
「彼女はね、モルって言うの。もう半年ほど前からここに住んでいるわ。わからないことがあったら、なんでも彼女に聞きなさい」
motherの言葉尻に被せるようにモルと呼ばれた彼女は目線を落として
「モルじゃないわ、mother。あたしの名前はチャルよ。いい加減に覚えてよ。ボケてきてるんじゃないの?」
花の蜜のような柔らかな声で、きつい言葉を軽やかに放った。カスカは少し、ドキッとした。たぶん、きっとユルカも。
けれど、そんな彼女にはもう慣れっこといった様子でmotherは
「この子はカスカ。この子はユルカよ。仲良くしてあげてね、チャル」
そう言ってカスカ達の肩に、分厚くて温い手を乗せた。
それに対する相槌か、あるいは拒否のように、「チャル」はまた背を向けて、輝く金色の髪を梳かし始めた。
双子達が持ってきた荷物は、そう多くはなかったので、motherに促された部屋の中の彼女達のスペースは、すぐに整った。
ひと段落ついた後、チャルの存在を意識して、双子達は何も喋らずにただ窓の外の雨を見ていた。
雨粒が窓ガラスを伝い、幾筋もの泥水になって落ちていく。汚い、埃に塗れた窓を洗い流していく。
「ねえ、あんたたち、S?M?」
ふいに、チャルが声を発した。驚いて振り向いた双子達は彼女の言葉の意味がわからず、何も答えられなかった。
先程までの、冷たく無関心に見えたチャルが、今はその、真っ赤な口紅が丁寧にひかれた薄い唇に笑みを浮かべている。
「ああ」
黙り込んだ双子達を見ながらチャルは「そっか。そうよね」と独り言を呟いた。
「あんたたちさ、まだここの誰かと喋ってないんだ?」
「あ…はい。mother以外の人とは…まだ」
戸惑いながら、カスカが答えると
「じゃあさ、これさ、ここにぶち込まれた子供たちだけの秘密の言葉だからさ、motherとか、他の大人には言わないでよ」
座った姿勢のままチャルはそう言いながら、両手を床について双子達の方へ寄ってきた。瞬間、さらりと揺れた髪から、甘くてとてもいい匂いがした。
「単なる隠語ってやつなんだけど。motherと、ここにいる大人ってさ、嫌がるんだよね、私らがそれ言うの」
「SかM、って…何かの頭文字、なんですか?」
ユルカが、遠慮がちに聞いた。チャルは頷き、答えた。
「Sは、捨て子のS。Mは、みなし子のMよ。ね?単純でしょ?」
チャルはそう言って笑った。それから、「ちなみにあたしはSなんだけどさ」そのままの、明るい声でそう続けた。
捨て子のS。みなし子のM。………。
(私達は、一体どっちなんだろう?)
パパとママに捨てられた。親戚たちには見離された。双子達はそう思っている。
だから、SでもあるしMでもある気がしている。
またしても黙りこくった双子達に、その、金色の糸のような髪と同じくらい艶々の爪に、ネイルも綺麗に塗ってあるチャルは質問の返事が返って来ないことなど気にもしない様子で、言葉を続けた。
「ここにいる大人たちはね…まぁ、善人よ。大抵は、片手間の愛情じみたものを、時々はくれるようなね。なんたってこんなゴミ捨て場で、わざわざあたしらの面倒を見ようっていうくらいだからね」
信じらんなーい、バッカみたいよね!
キャラキャラと、鈴の音のように笑うチャルの細い首筋には、無数の傷跡が蚯蚓が這うように残っていることに、双子達は同時に気がついた。
同じスモック状の服を着るのだから、motherやここにいる子供達がびっくりするくらい、姿かたちがそっくりな双子の、どちらがユルカかカスカかなど、見た目だけでは誰にもわからないはずだ。
なんの目印もない。背骨の真ん中で切り揃えられた髪の長さも黒さも質も同じ。声もそっくりだ。
カスカとユルカは一対なのだから。
「ここが、あなた達のお部屋よ」
ノックをしながらそう言ってmotherが開けた部屋の中には、緑がかった金色のとても長い髪の女の子がいた。
その髪を、ゆっくりと大切そうに飴色の櫛で梳かしながら振り向いた彼女の目は、涼しそうな切れ長で、カスカとユルカを交互に眺める顔は無表情だった。
「彼女はね、モルって言うの。もう半年ほど前からここに住んでいるわ。わからないことがあったら、なんでも彼女に聞きなさい」
motherの言葉尻に被せるようにモルと呼ばれた彼女は目線を落として
「モルじゃないわ、mother。あたしの名前はチャルよ。いい加減に覚えてよ。ボケてきてるんじゃないの?」
花の蜜のような柔らかな声で、きつい言葉を軽やかに放った。カスカは少し、ドキッとした。たぶん、きっとユルカも。
けれど、そんな彼女にはもう慣れっこといった様子でmotherは
「この子はカスカ。この子はユルカよ。仲良くしてあげてね、チャル」
そう言ってカスカ達の肩に、分厚くて温い手を乗せた。
それに対する相槌か、あるいは拒否のように、「チャル」はまた背を向けて、輝く金色の髪を梳かし始めた。
双子達が持ってきた荷物は、そう多くはなかったので、motherに促された部屋の中の彼女達のスペースは、すぐに整った。
ひと段落ついた後、チャルの存在を意識して、双子達は何も喋らずにただ窓の外の雨を見ていた。
雨粒が窓ガラスを伝い、幾筋もの泥水になって落ちていく。汚い、埃に塗れた窓を洗い流していく。
「ねえ、あんたたち、S?M?」
ふいに、チャルが声を発した。驚いて振り向いた双子達は彼女の言葉の意味がわからず、何も答えられなかった。
先程までの、冷たく無関心に見えたチャルが、今はその、真っ赤な口紅が丁寧にひかれた薄い唇に笑みを浮かべている。
「ああ」
黙り込んだ双子達を見ながらチャルは「そっか。そうよね」と独り言を呟いた。
「あんたたちさ、まだここの誰かと喋ってないんだ?」
「あ…はい。mother以外の人とは…まだ」
戸惑いながら、カスカが答えると
「じゃあさ、これさ、ここにぶち込まれた子供たちだけの秘密の言葉だからさ、motherとか、他の大人には言わないでよ」
座った姿勢のままチャルはそう言いながら、両手を床について双子達の方へ寄ってきた。瞬間、さらりと揺れた髪から、甘くてとてもいい匂いがした。
「単なる隠語ってやつなんだけど。motherと、ここにいる大人ってさ、嫌がるんだよね、私らがそれ言うの」
「SかM、って…何かの頭文字、なんですか?」
ユルカが、遠慮がちに聞いた。チャルは頷き、答えた。
「Sは、捨て子のS。Mは、みなし子のMよ。ね?単純でしょ?」
チャルはそう言って笑った。それから、「ちなみにあたしはSなんだけどさ」そのままの、明るい声でそう続けた。
捨て子のS。みなし子のM。………。
(私達は、一体どっちなんだろう?)
パパとママに捨てられた。親戚たちには見離された。双子達はそう思っている。
だから、SでもあるしMでもある気がしている。
またしても黙りこくった双子達に、その、金色の糸のような髪と同じくらい艶々の爪に、ネイルも綺麗に塗ってあるチャルは質問の返事が返って来ないことなど気にもしない様子で、言葉を続けた。
「ここにいる大人たちはね…まぁ、善人よ。大抵は、片手間の愛情じみたものを、時々はくれるようなね。なんたってこんなゴミ捨て場で、わざわざあたしらの面倒を見ようっていうくらいだからね」
信じらんなーい、バッカみたいよね!
キャラキャラと、鈴の音のように笑うチャルの細い首筋には、無数の傷跡が蚯蚓が這うように残っていることに、双子達は同時に気がついた。