恋の訪れ

「なぁ、退院まだ?」

「うーん…ちょっと微熱で帰らせてくれないの」

「微熱?」

「なんかこの病院の空気に慣れない所為かな…」


苦笑いで呟くと、何を思ったのか昴先輩は急にあたしの身体をギュっと抱え込んだ。

だからあたしの視界は先輩の胸でいっぱいになってて…


「…え?昴先輩?」


アタフタするあたしは戸惑いの声を出す。

昴先輩から香る香水の匂い。

決して嫌いな匂いじゃないから、突き放す事さえも出来ずにいる。


だからなのか、昴先輩は、


「いつもみたいに逃げねーの?」


真剣な口調と、更にあたしの頭を抱え込んだ。


「タイミング…なくしたみたい」


別にタイミングとかの問題じゃない。

香澄先輩から昴先輩の事を沢山聞いてしまった所為か、動けなかっただけ。


見たくない、話したくない、会いたくない…

なんて思っていても、実際会って昴先輩の顔を見ると何故か安心してしまった。


それは何でか自分にでも分かんない。

頭の中がモヤモヤする感覚。

お姉ちゃん同様、先輩までもがいつもと違うから、どうしていいのか分からなかった。


「…莉音?」

「うん?」

「ごめんな、莉音…」

「もう何回も聞いたよ」

「ごめん」


昴先輩は少しだけ身体を離すと、あたしをフェンスに押し付ける。

左手であたしの頭を抱え、右手はカシャリとフェンスを掴む。

そのまま先輩はあたしの頬に滑らす様に自分の頬をくっつけ、そのまま先輩の頬はあたしの左耳で止まった。
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