恋の訪れ
「どうしたの?いつもの昴先輩じゃない」
「じゃあ、いつものってどんなの?」
「んー…冷たい」
「冷たい、か」
「うん…」
フッと鼻で笑った先輩の声が聞こえる。
「じゃあ今日はいつもの俺じゃなくてもい?」
″弱音、吐くから″
そう付け加えられた言葉に、思わずあたしは口元を緩ませた。
「先輩が弱音?何それ…雨降っちゃう」
「別にいいよ。俺が温めてやるから、この耳も全部」
「…っ、」
そっと耳に触れた先輩の唇に声を失ってしまった。
何すんのよ。なんて言える雰囲気でもなく、ただあたしの身体は硬直してしまった。
いつもと違うのは、このあたしだ。
先輩が不意にからかったり、面白おかしくあたしを虐めるのはいつもの事。
だからいつもと違うのは、どうみてもあたしだった。
先輩から逃げられない。
そして″やめてよ″って言えない。
「…莉音と一緒に居たい」
「せん…ぱい?」
「莉音が、好き」
「え、待って。…冗談、やめてよ」
「言わなかったっけ、俺冗談嫌いって」
「……」
「ずっと前からお前の事、好きだったよ。だけど莉音の答えはいらねーから」
「……」
「もうお前の気持ちも全部分かってっから。莉音には好きな奴が居て俺には気持ちがないって事くらい分かってるから、敢えて聞かない」
「……」
「ただ、それ言いたかっただけ」
″ごめん、もう帰るわ″
付け加えられたと同時に離された身体。
あたしに背を向けて歩きだした先輩に声を掛ける事も出来ず、未だ頭ん中がパニックで状況が全く掴めなかった。