恋の訪れ

「お前のその口、塞いでやろうか?お前が喚いてるこの時間の方が勿体ねーんだけど」

「……」


徐々に先輩の顔が落ちて来る。

その視線から避けると、先輩はあたしの頬に伝った涙を拭い、


「空気、濁すなよ。とりあえず風呂入れ」


真上にあった昴先輩の顔がスッと離れ、明るくなった天井が目に入る。


「…お風呂?」

「もう遅いし。つか眠い」

「あたし…ここで泊まるの?」


あまりにビックリした所為か、声が裏返る挙句、さっきまでの涙がピタリと止まる。

頬に手を添えながら起きあがって、昴先輩を沈んだ顔で見つめた。


「悪いけど、莉音送っていく元気ねーの」

「大丈夫。歩いて帰るから」

「危ねーだろ、こんな時間に。しかも歩いて帰れる距離じゃねーし」


昴先輩は立ち上がると、クローゼットの中を覗き込む。


「でも…何回か歩いたし」

「まじ、ありえねーわ」

″はいよ″

付け加えられて、渡されたのがスウェットだった。


もうこれは早く入って来い。と言う意味だろう。

昴先輩は軽くため息を吐き捨て、そのままベッドに横になる。

あたしに風呂場を説明する先輩。

だけど…


「あの、先輩…」

「うん?」

「勝手にあたし居たらビックリですよね、美咲さん達…」

「え、美咲?帰って来ねーよ、誰も」

「なんでそんなの分かるの?」

「毎年、この時期は忙しくて誰も帰って来ねーの。聖も遊んで家に居ねーし」

「あ、そうなんだ」

「だから行って来い」


なんて言う先輩に従って思わず来てしまった風呂場。

一度ホテルで過ごしたとは言え、居ずらい。


あの時と違う感情が、物凄くドキドキした。

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