恋の訪れ
「あ、あのっ…」
思わずあたしの前を通り過ぎて行く昴先輩に声を掛けてしまった。
何でか知んないけど、帰りたい気持ちが強すぎたのか昴先輩を止めてしまった。
その瞬間、フワっと心地いい香水の香りが鼻に入りこむ。
「…何?」
返ってくるのは思ってた通りの冷たい口調。
ペッタンコの鞄を脇に挟んでいる昴先輩は、相当に背が高くあたしを見下ろした。
着崩した制服にシャツのボタンが深く開いて、そこから見えるシルバーのネックレスが自棄に輝いている。
そう、誰がどう見てもいい男なんだろう。
この端正な顔にみんな惚れるのが分かる…、気がした。
「あ、えっと…帰るんですか?」
「だったら何?」
「あの、あたしの鞄とって来てほしいのですが…」
「は?自分で行けよ」
やっぱり、やっぱり昴先輩は怖い。
やっぱり、やっぱり悪魔だった。
あたしだって、出来たら自分で行って取ってきたいよ!
行きたくないから言ってんのに…
「あ、いや…行きたい気持ちはあるんですが、行けないのです」
「は?」
「だ、だから帰りたくて。…でも中に入るのはちょっと、」
「だったらそう言えよ」
昴先輩はそれ以上何も言わず、また来た道を引き戻し部屋に向かっていく。
…え?なに?取って来てくれるの?
なんて思いながら部屋に入った昴先輩を見てると、出て来た時に持っていたもう一つの鞄に思わず笑顔が漏れてしまった。