恋の訪れ
「おい、莉音。どこ行く気?」


足を進めるあたしに昴先輩の声が背後から聞こえる。


「あ、手洗いたくて。ほら」


平然をいすわって手についた生クリームを見せてあたしは微笑んだ。

だけど昴先輩は馬鹿だなお前は。なんて言わなかった。

いつもなら言うのに、「あぁ…」って呟いて、あたしの手を掴んでカウンターキッチンの中に連れて行く。

昴先輩はあたしの手についたクリームを水で洗い流してくれた。

そんな事されてんのに、何故か嬉しくもない。

だって、これから先輩はいなくなる。

今日がその晩餐会ってやつ。


「…ん、…おい、莉音」

「え、あっ、ん?」


ハッとして俯いていた顔をあげる。

昴先輩は顔を顰めたと思えば、何故かため息を吐き出した。


「なんか飲む?莉音の為に美咲がいっぱい買ってきてっから」

「あ、うん」


昴先輩は冷蔵庫を開け、中を覗いてる。


「何がいい?」


そう言われてあたしも冷蔵庫まで行き、隣で中を覗き込んだ。


「わぁ。いっぱいあるね」


冷蔵庫の中を覗くと色んな紙パックのジュースが沢山ある。

あと炭酸系の飲料も沢山あった。


「あ。これにしようかな」


紙パックのオレンジジュースを手に取り隣に居る昴先輩を見上げた瞬間、


「ー…んっ、」


不意に塞がれた唇に息をするのを忘れてしまった。

先輩の唇がゆっくりと動き出す。

あまりのビックリさに、あたしは佇んでしまった。

そして、ピーピーと鳴る冷蔵庫の閉じろと言う合図の音でハッと我がにかえる。


「せ、先輩っ、」


グッと先輩を押すと昴先輩は「なに?」と、あたしの顔を覗き込んできた。
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