恋の訪れ
今は全然、生活にそれほど負担はないものの、このまま完全に聞こえなくなったら。なんて思うと、怖くて仕方がない。
先生は、あー言うふうに言ってたけど、ホントの事を言ってるのかも分からない。
お姉ちゃんだって、ホントの事を言ってるのか分からない。
何故か皆、言う事が適当に嘘っぽく聞こえてしまう。
疲れた時に来る学校なんて意味がない。
聞こえにくかったら、何で来てんのかも分かんない。
「…どした?」
不意に微かに聞こえた声に、慌てて顔を上げる。
見上げる先には昴先輩がペタンコになった鞄を脇に挟んだまま、あたしの薬袋を手にしてた。
「あっ、」
素早く取り返して、軽く笑みを作る。
「なんでもないです」
慌てて水を止め、薬を鞄の中に無造作に突っ込んだ。
「なんの薬?」
「え?」
「さっきの…」
「あー…痛み止め。ちょっと頭痛くて」
痛み止めでも、昴先輩には耳の薬なんて言えない。
言えないんじゃなくて、言いたくもない。
「ふーん…つか、帰れよ」
「ううん。大丈夫ですよ。先輩、今来たんですか?」
「あぁ」
「そっか。…じゃあ、あたし行くんで」
それ以上話す事なんて何もなかった。
これ以上居て、深く問われるのも嫌だし、かといって話すのも何故か面倒だと思ってしまった。
今日はあまり頭を使いたくない。
…そう思ってたのに。