綿菓子と唐辛子


早く家に入りな、と言うと、ヒメはにっこり笑った。

隣の部屋。一人暮らし。

会いに行こうと思えば、すぐに会える距離。


だけど、俺たちはまだ、距離を縮められずにいる。


「…ナツ」

「…ん」



別れ際に、ヒメは俺に抱きつくようになった。

そんなヒメを、俺は抱きしめて。

頭を撫でる日々が、ここ数ヶ月続いている。

気がつけば、ヒメと恋人同士になって、早くも4ヶ月が経とうとしていた。



「また明日ね、ナツ」

「おー」



…まだ、いまだにヒメのことは、よく分からない。

プールの時に会ったやつが言っていた一言も気になってはいたけど、ヒメから何かを聞くわけでもなく。

何か、障害が出てくるわけでもなく。


ただ、毎日が幸せだからそれでいいかなって思っていた。



…でも、俺は、この時のヒメの笑顔の裏に隠れていることを、まだ、何も知らない。




「バイバイ、ナツ」




この笑顔が、俺の前からいつかは消えてしまうことを、まだ俺は、知らない。












< 144 / 265 >

この作品をシェア

pagetop