プラチナブルーの夏
「…へぁ?」
 
もう信号の『とおりゃんせ』は、三回も鳴ってしまった。

くしゃくしゃのクセッ毛。眠たそうな、目の色は茶色。ワンコみたい。

でも今のあたしにとっては、全く可愛くないワンコ。

「あれ?ここどこ!?君、誰??」
 
飛びのいて座り込んだままのあたしに、記憶喪失の人のようなことを言った。

「…寝ながら運転してたんですか?危ないですよ、ほんと」
 
憮然としたあたしの顔とチャリを交互に見て、彼は慌てて

「もしかして俺、君にぶつかったの?ごめん!ほんとごめん!!」
 
そう言いながら、あたしのチャリを起き上がらせた。

「ケガ、してない?大丈夫?」

「…たぶん」

「うわー…マジでごめんね。三日寝ないで働いて来たから、つい寝ちゃったみたいだわ」
 
え?

「三日?」

「うん」
 
なんでもないことのように、けろっと答えた。そして、

「俺、鏡川ら辺に住んでるから、もし後になってケガしたとことか

見つかったら教えて。お詫びするから。じゃあ!」
 
少しも悪びれずくしゃりと笑い、手を上げて再びチャリに乗り消えて行った。

『鏡川ら辺』って…『住んでる』って……?

「いったい、どういうことよ?」
 
あたしは思わずそう口に出しながら、もう何度目かもわからない『とおりゃんせ』が流れ始めた道を渡った。

なんなんだろ。三日寝ないで、とか言ってたし。変な人……。
 
と、ぼんやり思いながらチャリを走らせていたら、再び『変な人』が向こうから戻って来るのが見えた。

ハァハァと本物のワンコのように息を弾ませて。

「名前、言うの忘れてたから。俺、トモロウっていうんだ。じゃあ!」
 
一方的に言い、またあっという間に消えて行った。

あたしはそれを見送りながら、今度はちょっと笑ってしまった。
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