浮気な恋
浮気な恋
「久しぶりーっ、先生」
職員室の扉を開けるや否や高校時代の友人、すみれは元気な声で駆け出した。
大学二年生のあたしは、今日、思い出の場所に帰ってきたのだ。
「おう、よく来たな。元気だったか?」
椅子から立ち上がって笑顔を向ける男性に、目が釘付けになった。
高校時代、あたしが好きだったあの日のまま。
容姿も声も、雰囲気も、何も変わらない人がそこにいる。
ズキンと熱くなる胸の痛みに、懐かしさが沸き起こる。
「久しぶり」
笑顔を向けられ、目を伏せてからお久しぶりですと返事。
場所を職員室から進路指導室に変えて、あたしたちはそれぞれ話を始めた。
すみれの大学生活に加え、一人暮らしのあれこれや、高校時代の話までいろいろ。
「ゆりにはイケメンの彼氏がいるんですよ。すっごく羨ましい」
「ちょっと、すみれってば」
話題があたしのことに移った途端、そんなことを公開されて彼女を叱る。
彼には、知られたくなかったのに。
「ゆりは昔から人気があったからな」
彼が優しく笑うと、チクリと胸が棘で刺されたみたいに痛んだ。
高校生の自分が、いつだって欲しかったのはひとつ。
ね、先生?
「うわっ、ごめん電話だ。ちょっと失礼します」
突然軽やかなメロディーが鳴ったと思ったら、すみれが教室を飛び出して行った。
突然の出来事に、先生と顔を見合わせて首を傾げる。
しばらく気まずい沈黙が訪れた。
「卒業式の日、おまえからの告白にノーって答えたよな」
いきなり過去の暴露話をされて、目を見開いて彼を見てしまう。
「あの時、おまえ、俺の生徒だったしな」
真っ直ぐ向けられた視線に、体全体が熱を持つ。
ガタンと音を立てて椅子から腰を上げると、彼があたしの頭に手のひらを乗せた。
「先生……」
「本当は、おまえが好きだった。いや、ずっとおまえが好きだ」
今、何を言われたのかわからない。
告げられた真実に、思考が追いつかない。
あたしだって、先生のことを忘れたことなんかなかった。
今でも、こんなに──
「あたしも、好き。ずっと、好き」
優しく重なった唇は誰のもの?
ずっと片想いしていた、彼のもの。
舌を絡ませ合うキスが、これまでにないくらい気持ちいい。
この日を境に、あたしは浮気を始めました。