透明がきらめく


「ねえ、アキ先輩私ミルクティー飲みたい」
「あ?自分で買えよ」
「えー。ここまで連れて来たんだから買ってよ」
「うぜー」


 後輩の女の子は、そう言ってねだるように久保田のシャツの裾を掴む。
 本人は嫌がってこそいるが、本気で嫌がるそぶりは見せない。
 むしろ久保田とあそこまで接近して普通に会話をしている女の子を初めてみたかもしれない。
 
 胸のあたりに真っ黒でモヤモヤとした嫌な感情が水に垂らした墨のように広がっていく。

 久保田が連れて来たんだ。
 心の中で言ったはずのセリフはどうやら口から出ていたようで、隣にいたタマちゃんと吉川が目を見開く。

 昨日の衝撃と、抱いてしまった罪悪感。
 それから足を引っ掛けられて擦りむいてしまった膝に、恐ろしい握力で掴まれて少し内出血してしまった手首。

 全ての感情や感覚がぐらぐらと煮詰まり、一気にひっくり返ったかのように怒りに変わって行くのがわかった。

 これだけ人の感情を引っ掻き回して起きながら、結局あいつにはそんな気は少しもない。
 いわゆる冗談で済ませる気だろう。それが結論。

 私が本気になったところを見て馬鹿にして笑うんだ。
 そうだ、久保田の捻じ曲がった性格ならやりかねないとは言い切れない。
 なんだ、結局真面目に悩んでいた私が馬鹿だったと言うことか。

 私の小さい体では抑えきれなかった怒りがまるでそうさせるようだ。
 私は持って来ていたペットボトルを片手に、上履きが汚れるのも気にせずに土の上を歩いて中庭を横断する。

 今効果音をつけるならゴジラが一歩を踏み出す時のような重低音がするだろう。
 
 ズンズンとお構いなしに進む私に気が付いた久保田はよおと暢気に挨拶をする。
 そんな久保田を思い切り睨みつけた。

 本人である久保田はなぜ自分が睨みつけられているのかわからないといったように眉をひそめている。

 私はそのまま1年生の女の子を背に庇うと、手にしていたペットボトルの蓋を飛ばす。そしてそのまま勢いよく久保田に向かって降り被った。

 勢い良く飛び出るペット茶に反応する暇もなかった久保田は、真っ白なシャツに汚い色のシミをつけて呆然としている。

 1限目と2限目の間の休み時間にワックスでセットしている立体感のあったヘアスタイルも、お茶をかぶったせいでぺったんこになった。


「な、にしやがる!!」


 本当に、何をしているんだろうか。
 かけてしまってから私の中で爆発しそうだった怒りが手のひらを返すように後悔に変わっていった。

 だって久保田はいつもみたいに私のことを揶揄いたかっただけだろう。
 久保田にこうやって嘘をつかれてからかわれたのは、何もこれが初めてではない。
 冗談が通じない私が悪いだけじゃないか。

「ご、ごめ」
「午後の授業どうしてくれんだ!」
「だって、」
「だってもクソもあるか!何も言う前に普通茶なんかかけねーだろ!猿かお前は!!!」
「は、」


 何その言い方。
 
 久保田が私についた嘘は最低だ。
 どんなに仲が良かったって、どんなに悪友で友達同士だったとしても、絶対に着いてはいけない嘘だったと思う。

 それなのに何で私ばかりこんなに責められているのだろうか。
 鼻の奥にツンと痛みが走って、じわじわと視界が滲み始める。


「ひ、人の気持ち散々かき乱しといて、なんなのよ、あんたなんか大嫌い!」


 感情まかせに話すと心にもないことが飛び出してしまう。これでは買い言葉に売り言葉。状態を悪化させるばかりだ。
 あ、と口を噤んだ時には既に遅くて目の前の久保田の表情は無。

 この表情をする時は本気で切れている時だけだ。

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