透明がきらめく
1度だけ試合中に部長が悪質なファウルにあって足を捻挫した時にこんな顔をしていた気がする。
好きだなんて嘘をついてこちらの気持ちをかき乱しておきながら他の女の子に興味津々な久保田に腹が立ったのは事実だが、嫌いとまで言う気は無かった。
なんて今更取り繕ったように言ったところできっと効果なんてないだろう。
昨日とはまた別の冷や汗が背中を伝った。
少し離れたベンチで私たちの様子を見ていたタマちゃんと吉川は唖然。私の背中にいた1年生も唖然としている。
そりゃそうだろう。私も言葉もなしにいきなりお茶を掛けたのだから。
「あ、えっと、その、今のは言葉の綾っていうか、」
「へー、嫌いにほかの意味あんの」
「えーっと、あるような、……ないような」
会話が途切れた。久保田に返す言葉がなくなってしまった。
根本的に私とは頭のつくりが違う久保田に渡しが口で勝てるはずがない。
しかも怒りの原因は久保田にあれど、話し合いもしようとはせずにお茶をぶちまけたことは事実。そのことに関して私は言い返すことなんてできない。
気だるそうにびしょ濡れになった前髪をかき上げる久保田の目線は、もう絶対零度と言っていいくらい冷たかった。
あまりの恐ろしさに手から力なくペットボトルが落ちる。
2度と考えなしの行動なんてするもんかと心に血が出るくらい刻みつけたところで、私の背中にいた1年生がひょっこりと顔を出した。
黒髪の涼しげな顔をしている彼女にはやはりどこか既視感があるのだが、それがどこの誰だったのかまでは思い出せない。
1年生の女の子は固まり切った私の顔を見るとゆっくりと微笑んで久保田と私のまるで吹雪吹き荒れるオホーツク海のような間に立った。
「まあまあ、瀬名先輩は久保田先輩が自分に告白して起きながら私に興味持った素振り見せたことに怒ってただけで、別に久保田先輩のことが嫌いなわけじゃないんですよね。ね、先輩!」
「え、えええ、あ、……そうそう、そうなのよ」
「あ?嘘じゃねえだろうな」
「まさか!この状況で嘘なんて、え?まって、ちょっとまって」
にっこりと可愛く笑う女の子は初対面なはずだ。なんで私の名前を知っていて、何故誰にも話していないはずのことの成り行きを知っているんだ。
もしこの女の子に久保田が興味を持っていたならわざわざ避けられてしまいそうなことを言うはずがない。それになんだかんだうまく丸め込まれた気がする。
まさかまさかと思い久保田の顔を見れば、先程までの無表情は消え去って今朝教室で見たたちの悪い笑みを浮かべている。
「成功ですね久保田先輩!」
「ああ、助かった」
「約束通り誕生日はトムフォードのヴァージンオーキッドがいいです!!」
「あ?わかんねえから兄貴経由で渡すわ」
「じゃあ帰ります」
瀬名先輩またねーとあざとく手を振る彼女への既視感と、してやられた感が私に向かって一直線に降り注ぐ。
どういうことだ。これはまるで
「で?トーコちゃんは俺があいつと話してるの見て嫉妬でもしたの」
「…………あの、あのさ、あの子だれ…!?」
「あ?あいつ鈴原の妹」
その一言で今まで感じていた既視感の霧が晴れた。
あのあざとさにさらさらの黒髪と笑った時の雰囲気。
全て私の席の前の住人である大倉くんにそっくり立ったんだ。
「なんでここに鈴原君がでてくるの!?」
「言わなかったっけ?俺あいつと小学校から一緒」
「き、聞いてない!!」
「んじゃ言ってねえわ」
類は友を呼ぶ。
性格の捻じ曲がった久保田の友達はとんでもない愉快犯の鈴原くん。
世界とはどうしてこんなにも素敵に出来上がっているのだろうか。
にやにやと楽しそうに笑う久保田に為す術なしの私は呆然とその場に立ち尽くした。