透明がきらめく


 先程のセンターはボールに届かなかったので、相手ボールから試合は再開。そしてそのままポストプレーが見事に決まり失点。

 また久保田のスローインで試合は再び動き出す。

 さっきまではカットやミスの回数をメモできるほどの余裕があったが、今度は久保田の手首が気になって気が気でない。

 しかし久保田はガード、チームの司令塔だボールを触っている時間は比較的長いと言えるだろう。

 ボールペンを握る手が手汗でベタベタして気持ちが悪い。

 常盤くんからのボールが帰って来た久保田は、涼しい顔をして右左と雑にドリブルをついてセンターラインを超える。

 痛んだりはしないだろうか。腫れていたりはしないだろうか。

 ドクドクと恐ろしいほどの心拍数をたたき出す心臓をぐっと抑えながら、久保田の様子を必死に伺っていると、何故か久保田はシュウ先輩の方にごめんとでも言わんばかりに頭を下げて右手でもごめんのポーズをとる。

 さっきの何も考えずに私を庇った自分のプレーに対する謝罪なのだろうか、などと彼の行動の真理を読みあぐねていると、左手にボールを移した久保田とバッチリ目があった。


「え?」


 何故試合中によそ見をしているんだろうか。

 そんなことを考えていると、何故か久保田の左手にあったボールが物凄い勢いで一直線にこちらに向かって飛んできた。

 もちろん私と久保田のラインには味方も敵すらもいない。

 勢いよく飛んできたボールを椅子から立ち上がって必死の思いで避けると、今まで座っていたパイプ椅子に激突して弾けるようにして椅子が宙を舞った。

 開いた口がふさがらない。

 呆然と倒れた椅子を眺めていると、対戦相手のマネージャーが心配して椅子を起こして私に駆け寄ってきてくれた。

 何故か大暴投をした久保田のせいで相手ボールになってしまった。

 シュウ先輩も常盤くんも呆れた様子だったが、どこか納得したような顔でディフェンスに戻っていた。


「え、い、今のなに」
「今度はちゃんと見てたな」
「……は、?」
「辛気臭え顔すんなよ」
「わざと!?」
「俺が暴投すると思ってんのかふざけんな」
「な、なんでこんな」


 にたり。まるで悪魔だ。サタンである。

 私にわざとボールを投げつけた久保田の顔は、なんとも清々しくそして下衆としか例えられない。

 私に駆け寄ってくれた相手チームのマネージャーの顔なんて、さっきまでの発言全てを抹消した後言わんばかりの表情だ。


 しかしそんなこと御構い無しの久保田は私の頭にもう一回左手を伸ばして、ボールをつかむようにしてグッと指先に思いっきり力を入れた。

 彼の太い指先が頭蓋をかち割りそうなほど食い込んでくる。

 思わず涙目になって彼を見上げるように睨みつけると、久保田はそれを待ってたと言わんばかりに顔を近づけて真っ直ぐ私の顔を覗き込んだ。

 額は汗が伝い、髪の毛からも汗が滴っている。ふれてもいない久保田の体温が私の肌に伝わってくる。

 先ほどまでのサタンフェイスはどこへやら、久保田の表情はバスケをしている時と同じ、真剣そのものだった。


「んな顔すんなよ、大丈夫だから」


久保田の左手が頭から離れる。

 少しだけ目を細めたやつの黒目には、なんとも間抜けな私の顔が写っている。

 キュッキュとバッシュの音を立てながら、何事もなかったかのように試合に戻っていく久保田。

 また身体に熱が集まる。まるで体育館の熱気が全て私の身体に吸収されてしまったかのような暑さだ。

 私にそれをわざわざ言うためだけにワンプレーを無駄にしたのかと思うと頭が痛かったが、私にまとわり付いていた不安が少しずつ溶け落ちていくような感覚だ。

 ポーカーフェースだし、考えと表情の一致しないあいつが何を考えているか私にはさっぱりわからないけれど、きっと久保田には私の考えていることなんて全てお見通しなんだろう。

 少し滲んだ涙を拭いて、スコアボードで顔を隠す。

 憎たらしいはずの12番を背負うあいつの背中が少しだけ広く見える。
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