透明がきらめく



「お前さっきので怪我ないのか?」
「私は無事です」
「俺が身を挺して庇ったんすよ大丈夫ですって」
「久保田、お前次に考えなしに突っ込んだら今度はベンチに下げるぞ。小野も大会前に体壊したらしばくぞ」
「はい」
「あとワンプレイ無駄にしたから罰として来週一週間お前練習始まる前に、俺の目の前で5キロ走り込み終わるまでボール触らさんからな」
「………っす」


 今度は監督の持っていたペットボトルで頭を叩かれた久保田。周りがゲラゲラ笑っているのにつられて思わず笑ってしまう。

 しかし久保田はどうやら私が笑ったことが癇に障ったらしく、無言でのしのしとゴジラよろしく私に近づくと、恐ろしい強さで頬をつままれた。


「いいたたたたい、いたたた、いって」
「お前が無傷で笑ってられんの誰のおかげだと思ってんだ」
「すみません、ちょっと、ちょっと調子乗りました、いたたた」
「紀元前から世の中ギブアンドテイク、決めた。お前明日オフどうせ暇だろ」
「どうせって失礼な」
「明日10時に駅前来いよ、1分でも遅刻したら締める」
「った、」


 何をどこをどうやって。そんな質問は、力の限り頬をつねる奴の握力が征した。

 はいと頷くより他のなかった私は自分の頬の無事と引き換えに、奴に貴重な休日オフを引き渡した。

 私の全力の頷きに満足したらしい久保田は、ぱちんと弾くようにして私の頬を離す。

 じんじんと痛む頬を押さえながら、解放された束の間の喜びに浸っていると、私と久保田の会話を聞いていたらしい常盤くんが私に向かってにっこりと笑いかけた。


「ケガなくてよかった、アキが飛び込んだのにもヒヤヒヤしたけど」
「ごめんね、無事だよ」
「アキと出かけるんだ?」
「出かけるっていうか、なんかもはやタイマンだよね」
「タイマンって」
「いや私とあいつが揃ったらろくなことないもん」
「えー、でもさ」
「うん?」


 常盤くんは会話をしながら、するっとさりげなく私の持っていたボトルのパンパンに詰まったクーラーボックスを奪い取る。

 天性のモテ男の名は伊達ではない。

彼は同じ学年常盤類(トキワルイ)くんは、甘いマスクに温和な性格。いつも笑顔の彼は、学年どころか学校中の女の子の憧れの的だ。

 同じイケメンでも久保田とは対極の存在で、バスケ部の南北と呼ばれている。もちろん北は久保田である。


「2人っきりでしょ」
「え、うん、多分、」


 しかしみんな忘れているのだ。

 ブリザード吹き荒れるまさに凍え死んでしまうような極端な環境を久保田にたとえ、その真逆のバリ島のような穏やかで暖かい常夏の海を常盤くんにたとえたのだろうが、南に行けばそこにあるのはなんだ。

 そう、南極である。

 露骨さにかけては久保田の右に出るやつはいないが、常盤くんは時折その温和さゆえの爆弾を投下することがある。

 足元から這い上がる嫌な予感を払いのけるように近くにあった、畳んで積み上がっているパイプ椅子を持ってその場から逃げ去ろうとしたが、口を開いたのは常盤くんの方が早かった。


「デートだね、瀬名」


デート。そりゃそうだ。

 形理由がどうであれ、年頃の男女が2人で出かければ、本人たちにその気がなくともはたからみればただのデート。

 頭のどこかでは理解していたし、言葉に出してしまっては負けだと思っていた。と言うかあの会話を聞いていた全員がそう思っていただろうが、言わなかったセリフをいとも簡単に口に出してしまう常盤くん。

 ああ、心が砕けてしまいそうだ。
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