透明がきらめく
「あの、久保田さん」
「んだよ気持ち悪ぃ」
転がっていたジョンウォールを棚に戻し、私も履いていたジョーダンを元の場所に戻した。
沈黙に耐えかねて久保田に用件ももないままに話しかけてみる。
自意識過剰かもしれないが、彼女と間違えられた私が困った顔をして久保田はどう思っただろうか。
彼女ではないと否定してどう思っただろうか。しかしそれに対するフォローを私が入れてしまったらまるで意味がなくなってしまうような気がする。
私は彼になんと声をかければいいのだ。
落ち込まないで、なんてろくな答えもくれない想い人に言われてみろ。私なら間違いなくさらに落ち込む。
あれもダメこれもダメ、どんどん否定されていく少ない語彙力。
久保田の想いに今は答えられる自信はないが、傷つけたい訳ではない。却下却下と言葉を選んでいるうちに、頭が真っ白になってしまった。
そんな私の様子をいつもの如く眉を寄せて見てた久保田は、いつの間にやら彼と同じようによっていたのであろう眉間のシワを伸ばされた。
「いいって」
「あの、なんか、わたし」
「お前が馬鹿なの知ってるから」
「人の厚意をなんだと」
「ま、そのうちでいい」
そういうと彼は、またわたしのリュックを引っ張って店内を移動する。
一瞬鏡に映った私の彼の姿はカレカノどころではなく、嫌々散歩させられている犬と飼い主だった。
レジの近くに私を放置してさっさと会計を済ませ、揃ってスポーツショップを出る。
時計を確認すると12時過ぎ。随分とスポーツショップで時間を潰せたものだ。
雲ひとつない青空に、差し込む日差しが心地よくてぐっと背伸びをする。
久保田の用事もこれで終わったはずだ。
普段ならオフの日は昼間までゆっくりと眠るのが定番で、今から帰れば十分昼寝が出来るけれど、せっかくのオフにわざわざ人混みまでやってきたのだから、久保田と別れたらコーヒーショップにでも寄ろうとキョロキョロしていると、おいと頭の上から声が降ってきた。
「飯食い行こうぜ」
「え?飯?」
「腹減らね?」
「お腹、……すいた」
「何食う?どうせお前牛丼屋とか立ち食い蕎麦とか嫌だろ。ぶっちゃけ考えんのめんどいからパスタでいい?」
「牛丼と立ち食いやだ」
「じゃ、パスタな」
パスタじゃ腹いっぱいになんねえんだよな、と文句を言う久保田はスマホをいじりながら近くのお店を探し始めた。
あれ、解散じゃないんだ。
久保田の姿をぼんやりと見ながら頭の隅っこでそんなことを考える。
彼とのこの約束の大きな目玉はバッシュを買うことだと思っていたし、実際そうだろう。
淡白で適当な久保田のことだ。目的を果たしたらすぐに解散というと思っていたのだが、ごく普通な言い方でご飯に誘われた。
もしかして彼の中では昼食を一緒に取るところまでプランの中に入っていたのだろうか。
そう、まるでまるで恋人同士がするデートのようだ。