いつかその時まで
自分の見た目に自信があるからと言って、人を見下したことなど1度たりともない。

ただ、周りが私へする仕打ちがあまりにも不等だと不満を持ったことは何度もある。

可愛いだけでは駄目なのだ…、そう悟らざるを得ない場面に何度も直面してきた。

私が好きになる男子は、大体私よりも可愛くない女の子を好きになる。

クラスの中心で騒ぐグループの女子たちもみんな私より可愛くないどころか誰から見ても可愛くない。

そういう現実に直面するたびに思う。

――人は見た目じゃないんだ、と。



覆われていた手が外された。

扉の向こうからの悪口はもう止まっていた。

渡辺君は何事もなかったかのように男子更衣室へと入って行ってしまった。

私も小さく深呼吸をして女子更衣室へと入る。

扉を閉めて振り返ると、着替えを終えた女子たちが何だか気不味そうな笑顔を浮かべて此方を見ていた。

さすがの私でもイラッときた。

自分の制服が置かれているロッカー前へと行きながら、小声で言う。

「聞こえてませんでしたよ、さっきの。」

酷い沈黙が更衣室に流れるのが分かったが、別に気にはしなかった。

女子たちは互いに目配せをして小さな悲鳴を上げながらそそくさと更衣室から出て行った。

私以外誰もいない更衣室は静かだ。

制服のポケットに入れてあるケータイを音立てながら操作し、小さく溜息をついた。



教室へ戻ると今まで通りの毎日が繰り広げられる。

綺麗と称されながらも陰で貶され続ける私は、申し訳程度に用意された隅の席に座ってただボーッと過ごす。

これが普通だ。



普通だった。



急に差し出されたルーズリーフの切れ端に、目が点になる。

名前すらろくに思い出せないほど印象の薄いクラスメートが、私を正面から穴が開くほど見ている。

「何ですか、これ。」

受け取るにも受け取れずに戸惑っていると、男子はもどかしそうに私の胸へと紙を押しつけてきた。

「アドレス!暇な時で良いからメールして欲しいな、と。」

名前は思い出せないけれど、顔は知っている。

よく渡辺君と一緒に行動している男子だ。

渡辺君より背が高くて見栄えが良くて、しかも学校1人気の高いサッカー部(そしてオタク)。

「メールって…」

私が続きの言葉を言い終えないうちに、男子はさっさと教室へと入って行ってしまった。

慌てて周りを見渡したが、一部始終を見ている人は幸いにも1人もいなかった。



退屈な授業中、1番隅の席故に出来た死角でケータイを操作する。

「安藤誠」と自分の名前を打っただけのメールを教えて貰ったメアドに送った。

廊下側の席に座っている男子が、机の下でケータイを開けるのが分かる。

「吾妻幸大」と彼の名前が送られてきた。

ようやく本名を知ることができてホッとする。

けれど、彼がどういう意図でメアドを聞いてきたのかがまったく理解できなかった私は、そのままケータイを閉じて授業に専念することにした。



放課後、渡辺君とグラウンドの横で会った。

吾妻君たち野球部の試合を冷やかしにきたらしく、オタクの女の子たちと一緒にいた。

一瞬だけ目が合った。

渡辺君は「あ」と小さく口を開けたが、直ぐに私から視線を逸らしてしまった。

会釈を仕掛けた私は少しだけ気が抜けてしまい、半ば逃げるようにして校門を走り抜けた。

体育の時のお礼を言わなければと思ったけれど、女子がたくさんいる中でそんなことできなかった。

人と話すことすらまともにできない自分に多少の苛立ちを覚える。

けれど、私にだけ素っ気ない態度をとる渡辺君にも少々不満が残った。


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