いつかその時まで
特に悪気があったわけでも何でもなく、吾妻君にはその後メールを送らなかった。

送り方が分からなかったのだ。

吾妻君からのメールは大体「うん」「いえいえ」「ちょっ」などの一言で、返事に困る。

教室の隅の方で地味な女の子たちと楽しそうにトークしている渡辺君とつい比べてしまうところがあった。

別に吾妻君のことが嫌いなわけではないけれど、気にも掛けていなかった。



朝、通学路で偶然渡辺君の姿を見つけた。

その横には吾妻君がいて、何やら真剣な表情で話し込んでいる。

私はできるだけ彼らに気付かれないようにしながらそそくさと通り過ぎた。

けれど、私を確認した彼らはぴたりと会話をやめた。

「おはよう、安藤さん。」

ぎこちなく吾妻君が挨拶をしてきた。

その横の渡辺君は無言のまま俯いている。

私は小さく会釈だけをしてそそくさと校門を抜けた。



教室に入ると女子たちが此方を一斉に振り返った。

何事かと思いながら自分の席へ行き、「ああそういうことか」と思う。

私の机に足跡がいくつもついていた。

1番此方を見ながら様子を窺っているニキビだらけの女子の席へ、私はつかつかと早足で向かう。

「机、取りかえてください。」

そう言うと、ニキビ女は一瞬きょとんとして、周りを慌てて見渡した。

「取りかえられないなら、机綺麗に拭いてください。」

陰湿なことをする割に責められただけでオドオドする小心者に、少しだけ苛立った。

私は彼女の机を引っ掴むとゆっくりと床へ倒した。

「何で私が机なんて取りかえなきゃいけないの。」

「そうだよー、ヨッカ関係ないじゃん。」

教室のあちこちからの小声にウンザリする。

あんな踏み跡だらけの机を使う訳にもいかず、私は1日を教室外で過ごすことに決めた。



教室から出たところで渡辺君に会った。

彼は教室の中のざわめきと私を見比べて、少々苦い顔をした。

それでも私に対して決め込んでいる無視は相変わらずで、さっさと教室へと入って行ってしまう。

続いてやって来た吾妻君はバックを持って教室から出て来た私を見て「早退するの?」と聞いてくる。

私は吾妻君を軽く睨みつけて急いで廊下を突っ切った。

清水四花なんてただのブスじゃないか。

どうしてあんな下品な不細工に私が嫌がらせを受けなきゃいけないんだ。

少しだけ考えてみたけれど検討もつかない。

――私が可愛いから?

――私があいつの思い通りに動かないから?

少しずつ導き出せる回答にイラッとする。

清水みたいな奴が幅をきかせるようなクラス自体が嫌だった。

屋上へ行き、鞄からケータイを取り出す。

吾妻君からメールが来ていた。

「どうしたの?」の一言。

私は溜息をついてケータイを閉じた。

どうして急にメアドを聞かれたのだろう。

今まで1度も気に掛けたことのないような男子なんかに。



チャイムが鳴ってからだった。

屋上の扉が開いて誰かが此方へ来る気配がした。

慌てて振り向き、私は思わず硬直する。

生徒指導の教員だった。

「屋上は立ち入り禁止のはずだが。」

低くぼそっとした声で言われ、身体がすくむ。

「チャイムも鳴っている。

お前何処のクラスだ。」

このまま教室に届けられて担任に一部始終を話される気がした。

屋上から急いで立ち去ろうとしたが、腕を掴まれた。

「離してください。」

少しだけ大声で言った。

生徒指導は更に力を強めて、しつこくクラスを聞いてくる。

「校則も守れていないんだ、どうせクラスで浮いてるんだろう。

お前みたいな風紀を乱す生徒は先生からも生徒からも嫌われるものだからな。」

急にそんなことを言われてハッとした。

「見た目から分かる。どうせ不良なんだろ。」

「どうせ」を2回言われ、一気に頭に血がのぼる。

言い返したいのに言い返すことができず、怒りと悲しさと悔しさが入り混じった気持ちになる。

勢いよく生徒指導を振り払って、扉へと走って行く。

重い扉を開けて校舎内へ入ると、誰かとぶつかった。



私が困っている時、どうしようもなく悲しい時、現れる人は毎回決まっている。

ただの偶然でしかないけれど、それは今回も渡辺君だった。

生徒指導が間の抜けた顔をして渡辺君と私を交互に見比べた。

「ちょっとクラスでもめ事があったみたいなんで。

こいつ、俺が教室に連れて帰ります。」

渡辺君は生徒指導の返事を待たずに私の腕をひいて階段を下り始める。

私も慌てて後に続いた。

安心して目頭が熱くなったが、泣くのだけは我慢した。

いつものように「有難う」と一言だけ言おうとして、立ち止まった。

私が一言言うよりも早く渡辺君が振り返った。


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