いつかその時まで
「安藤さんさ…」

いつものように疲れたような声で話を切り出され、私は少しだけどきりとした。

何か嫌なことを言われるような気がした。

生徒指導が私たちを追い越して階下へと行ってしまうのを横目で見送る。



「吾妻とメールしてる?」

急にそんなことを言われて面食らった。

どうして渡辺君が知っているのかと考えて頭がスッと冷えた。

吾妻君が自慢をしたのだろうか、彼に。

あの爽やかな印象の男子が、わざわざ女子とメールしていることを言いふらすとはあまり考えられなかった。

煮え切らないまま、私は首を横へ振った。

「別に、あまり。」

渡辺君は顔を顰めながら溜息をついて、私の腕を離した。

「別にするかしないかは安藤さんが決めることだから良いけど…。」

納得いかない、とばかりに不満げな態度をとられ、私は戸惑いを覚えずにはいられない。

「吾妻は良い奴だよ。」

渡辺君は状況が理解できない私にお構いなくそう言った。

何度か聞いたことがあるような台詞に、少しだけ目眩がする。

――あいつマジで良い奴だからさぁ。

それは、付き合えと言われる前兆だ。



「……でも、男子は私のこと雪女とか言ってるんでしょ。

どうせみんな清水みたいな声が大きい派手な女子が好きなんでしょ。」

先程のことを思い出して、不機嫌な声で言ってしまった。

渡辺君は目を見開いて私を見る。

更衣室であの日聞いてしまった。

自分の見た目に自信はあったから、男子からも中学時代のように好かれているのではないかと少しだけ期待していたのに、私は人外の扱いを受けていた。

悔しかった。

見た目だけでは認めて貰えないような公平なクラスが嫌だった。

「何それ」

渡辺君があからさまに不機嫌な声で言うのが分かった。

ハッとする。彼の機嫌をそこねてしまったことに気付いた。

「吾妻はそんな奴じゃないよ。

なんでも一括りにするなよ。」

勢いだけで言ってしまったことに真剣に怒られ、私は何と反応すれば良いのかまったく分からずにいた。

ずっと友達付き合いなんてなかったんだ。

友達を信じるということ、みんなで助け合うこと、お互いにかばい合うこと、適度な距離を持つこと……そのすべての方法を私は知らない。

知る機会なんてなかったんだ。仕方ないじゃないか。

「安藤さんがあいつのこと嫌いなら無理強いしないけど…。

折角歩み寄って来てくれた奴拒絶したら、この先いつチャンス来るか分からないよ?」

少しだけ優しい声で言うと、渡辺君はさっさと階段を下りて行ってしまった。



体育を見学することにした。

木の下で大嫌いなクラスメートたちから目を逸らしながらどうでも良いことばかりを考えていると、頭上から声が掛かった。

「偶然、俺も見学。」

吾妻君がぎこちない笑みを浮かべて立っていた。

思わず舌打ちしそうになりながらも、私は彼を睨みつつ軽く会釈をした。

吾妻君は私の隣りに腰を下ろすと、耳からイヤホンを外した。

――そう言えばバンドやってるんだっけ。

以前誰かから聞いたことを急に思い出した。

「安藤さん、俺のこと嫌い?」

急にストレートに聞かれ、思わずムッとした。

「嫌いじゃないけど好きでもない。」

そう不機嫌な声で返すと、吾妻君はあからさまに落ち込んでいた。

彼がメールとか言い出すから渡辺君が私に冷たい態度をとるのだ…と心の中で吾妻君に八つ当たりをする。

「私、男子とか苦手だし。女子も嫌いだし。

人とのしゃべり方分からないから、人付き合いに慣れた人と話すの嫌。」

渡辺君に対して思ったことを言ってみた。

改めて口に出してみると、意外に筋が通った主張だったように思える。

「安藤さんだって、これからたくさんの人と接していけば、人付き合いになれてくるよ。

自然に喋れるようになるよ。」

吾妻君のいかにもな良い人理論に腹が立つ。

「人と接したって、嫌な思いするだけでしょ。

何にでも器用な人にはなりたくない。」

つっけんどんにそう言って、私は立ち上がる。

吾妻君をグッと見下ろした。

「たくさんの人に囲まれてる君たちに、私の気持ちが分かるわけないでしょ。

押しつけないでよ。」

私の言葉に、吾妻君は傷付いたような表情を浮かべていた。


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