いつかその時まで
教室へと続く廊下を歩きながら、先程自分で放った言葉が頭から離れなかった。
吾妻君は、泣きそうな顔をしていた。
思っていたよりも女々しい人なのだとようやく分かった。
――女々しいというか優しいというか…繊細。
悪い人ではない。
でも感覚的に合わない。
何の防具も持たずに正面から壁にぶつかっていく彼のことを、私は軽く軽蔑する。
最初から壁に向かわない渡辺君の方にどうしても好感を持ってしまう。
どれだけ冷たくされたとしても、私は渡辺君が好きだった。
それは多分、彼が1番最初に私に優しくしてくれた人だからだと思う。
教室の1番隅の席に座り、イヤホンを耳に差し込む。
visual系が好きだ。
日常から離れたところにいる無茶苦茶な存在感が良い。
破壊的批判的、そういったものがかつては嫌いだったのに何故だろう。
トントンと机の端を指で叩かれて、私は慌ててイヤホンを外す。
顔を上げるとまた吾妻君だった。
「何、聴いてるの?」
キツい言葉を放ってしまった罪悪感がある為に冷たくできず、私は渋々プレーヤーの画面を彼に見せた。
「D=OUT?バンド?」
「うん。去年メジャーデビューしたとこ。」
私がそう答えると、やっぱり会話は続かなかった。
「好きなの?そのバンド。」
「うん、好きじゃなきゃプレーヤーにわざわざ落としたりしないよ。」
吾妻君も気まずそうな表情をする。
――君が気まずくしたんでしょ。
私は呆れながらも何か話題を探す。
けれど、吾妻君に関心のない私は、共通の話題というものがまったく見つからなかった。
そのままチャイムが鳴った。
ふと目を逸らすと、離れた席に座っている渡辺君が此方を見ていた。
私と目が合うと、彼は直ぐに視線を逸らした。
担任に呼び出されたのはその日のうちだった。
「今朝、立ち入り禁止の屋上に行って、生徒指導の先生に反抗したというのは本当ですか?」
眼鏡をかけたしわくちゃ40代の村上先生は、いつものおっとりとした口調で訊ねて来た。
曲解された言い方に呆れながらも「反抗はしてないです」と答える。
「いいえ、貴女は先生に向かって暴言を吐いた上に乱暴をしたそうじゃないですか。」
離してくださいと言って手を振り払うことが暴言暴力なのだろうか…。一瞬だけ考え込みながら溜息を漏らす。
「そんなことした覚えはありません。」
職員室にいる教員たちは私の方をジロジロと不躾に見て来る。
その中に今朝の生徒指導もいた。
「安藤さん、貴女はただでさえ目立つ見た目をしているのだから、言動にはもっと気を付けなさい。
クラスで浮いていること、自分でも分かっているでしょ?」
担任の言葉に胸がずっしりと重くなった。
返事をせずに、急いで職員室を出る。
待ちなさいという声が聞こえた気もしたが、無視をした。
クラスの男子たちがボールを持ってグラウンドへと向かうところだった。
彼らは私を見て何かギョッとした様子だった。
1人が声を掛けて来ようとして、他の男子たちが止めた。
――クラスで浮いているのは私が悪いとでも言うのか。
今朝、勝手に私を不良と決めつけて浮いていることについてネチネチと言ってきた生徒指導、そして私の素行に問題があるからクラスメートが嫌がらせをしてくるのだと諭してきた担任…。
こんな教員たちにクラスでの嫌がらせについて相談できる訳がなかった。
「逃げ続けるの、無理あるよ。」
腕を掴まれ、早口にそう言われた。
渡辺君じゃなかった。吾妻君だった。
渡辺君は吾妻君の後ろで此方を見ていた。
「逃げてない。」
そう言う自分の声が震えたのが分かった。
「逃げたいことなんてこれからたくさんあるよ。今以上に辛いことなんてたくさんあるよ。
嫌なことから全部目を逸らしてたら、安藤さんは何も変われないよ。」
吾妻君が真剣に言えば言う程、私は心の中で反発したくなる。
「私、何も悪いことなんてしてない。
何で皆の思い通りに動けないからって、嫌なことばかりされなきゃいけないのか意味分からない。」
吾妻君の手を振り払おうとした。
けれど、その手は外れなかった。
「変わらなくても良いでしょ。私が私のままでいて何が駄目なの?
好きでこんな顔で生まれた訳じゃないし、私だって皆と仲良くする努力くらいした!」
いつも持ち歩いていたケースを勢いよく床にたたきつける。
プラスチック製のケースは呆気なく開いて、中からはアニメキャラクターのチャームやカードがバラバラと零れる。
「誰も教えてくれなかったのに、分かるわけないでしょ、人との接し方なんて!」
渡辺君がしゃがみ込んで、散乱したチャームを拾う。
彼は相変わらず無言のままだったけれど、いつものような冷たい表情ではなかった。
まるで私に同情するような顔をしていた。
耐えきれなくなって、吾妻君の手を力尽くで外し、近くにあった階段を駆け上った。
吾妻君は、泣きそうな顔をしていた。
思っていたよりも女々しい人なのだとようやく分かった。
――女々しいというか優しいというか…繊細。
悪い人ではない。
でも感覚的に合わない。
何の防具も持たずに正面から壁にぶつかっていく彼のことを、私は軽く軽蔑する。
最初から壁に向かわない渡辺君の方にどうしても好感を持ってしまう。
どれだけ冷たくされたとしても、私は渡辺君が好きだった。
それは多分、彼が1番最初に私に優しくしてくれた人だからだと思う。
教室の1番隅の席に座り、イヤホンを耳に差し込む。
visual系が好きだ。
日常から離れたところにいる無茶苦茶な存在感が良い。
破壊的批判的、そういったものがかつては嫌いだったのに何故だろう。
トントンと机の端を指で叩かれて、私は慌ててイヤホンを外す。
顔を上げるとまた吾妻君だった。
「何、聴いてるの?」
キツい言葉を放ってしまった罪悪感がある為に冷たくできず、私は渋々プレーヤーの画面を彼に見せた。
「D=OUT?バンド?」
「うん。去年メジャーデビューしたとこ。」
私がそう答えると、やっぱり会話は続かなかった。
「好きなの?そのバンド。」
「うん、好きじゃなきゃプレーヤーにわざわざ落としたりしないよ。」
吾妻君も気まずそうな表情をする。
――君が気まずくしたんでしょ。
私は呆れながらも何か話題を探す。
けれど、吾妻君に関心のない私は、共通の話題というものがまったく見つからなかった。
そのままチャイムが鳴った。
ふと目を逸らすと、離れた席に座っている渡辺君が此方を見ていた。
私と目が合うと、彼は直ぐに視線を逸らした。
担任に呼び出されたのはその日のうちだった。
「今朝、立ち入り禁止の屋上に行って、生徒指導の先生に反抗したというのは本当ですか?」
眼鏡をかけたしわくちゃ40代の村上先生は、いつものおっとりとした口調で訊ねて来た。
曲解された言い方に呆れながらも「反抗はしてないです」と答える。
「いいえ、貴女は先生に向かって暴言を吐いた上に乱暴をしたそうじゃないですか。」
離してくださいと言って手を振り払うことが暴言暴力なのだろうか…。一瞬だけ考え込みながら溜息を漏らす。
「そんなことした覚えはありません。」
職員室にいる教員たちは私の方をジロジロと不躾に見て来る。
その中に今朝の生徒指導もいた。
「安藤さん、貴女はただでさえ目立つ見た目をしているのだから、言動にはもっと気を付けなさい。
クラスで浮いていること、自分でも分かっているでしょ?」
担任の言葉に胸がずっしりと重くなった。
返事をせずに、急いで職員室を出る。
待ちなさいという声が聞こえた気もしたが、無視をした。
クラスの男子たちがボールを持ってグラウンドへと向かうところだった。
彼らは私を見て何かギョッとした様子だった。
1人が声を掛けて来ようとして、他の男子たちが止めた。
――クラスで浮いているのは私が悪いとでも言うのか。
今朝、勝手に私を不良と決めつけて浮いていることについてネチネチと言ってきた生徒指導、そして私の素行に問題があるからクラスメートが嫌がらせをしてくるのだと諭してきた担任…。
こんな教員たちにクラスでの嫌がらせについて相談できる訳がなかった。
「逃げ続けるの、無理あるよ。」
腕を掴まれ、早口にそう言われた。
渡辺君じゃなかった。吾妻君だった。
渡辺君は吾妻君の後ろで此方を見ていた。
「逃げてない。」
そう言う自分の声が震えたのが分かった。
「逃げたいことなんてこれからたくさんあるよ。今以上に辛いことなんてたくさんあるよ。
嫌なことから全部目を逸らしてたら、安藤さんは何も変われないよ。」
吾妻君が真剣に言えば言う程、私は心の中で反発したくなる。
「私、何も悪いことなんてしてない。
何で皆の思い通りに動けないからって、嫌なことばかりされなきゃいけないのか意味分からない。」
吾妻君の手を振り払おうとした。
けれど、その手は外れなかった。
「変わらなくても良いでしょ。私が私のままでいて何が駄目なの?
好きでこんな顔で生まれた訳じゃないし、私だって皆と仲良くする努力くらいした!」
いつも持ち歩いていたケースを勢いよく床にたたきつける。
プラスチック製のケースは呆気なく開いて、中からはアニメキャラクターのチャームやカードがバラバラと零れる。
「誰も教えてくれなかったのに、分かるわけないでしょ、人との接し方なんて!」
渡辺君がしゃがみ込んで、散乱したチャームを拾う。
彼は相変わらず無言のままだったけれど、いつものような冷たい表情ではなかった。
まるで私に同情するような顔をしていた。
耐えきれなくなって、吾妻君の手を力尽くで外し、近くにあった階段を駆け上った。