いつかその時まで
屋上に行くにも行けず、結局使われていない美術資料室に逃げ込んでしまった。

自分の言っていることが無茶苦茶で、自分の振るまいが幼稚であるということは、吾妻君たちに言われなくても充分分かっていた。

でも、昔からずっとこうなのだ。

高校生になって急に直せと言われても、簡単に直せるものではなかった。

私のことをよく知りもしない人から否定をされることが我慢ならなかった。



――マット、そっち持って。

初めての体育の時、女子からあからさまなハブをされて泣きそうになっていた時。

いつも教室の隅でアニメについて語らっているオタクの男子から声を掛けられた。

明るく笑っている姿が印象的だったので、凛々しく涼しげなその表情を見た時、少しだけ胸が鳴った。

私にはまったく話しかけてくれなかったけれど、彼は後片づけを手伝ってくれた。

それからも毎度毎度…。

一緒に片付けてくれる人がいなくて困っているたびに男子は私に手を貸してくれた。

辛くなって教室から出るたびに、さりげなく後を追ってくれた。

どうしようもな途方に暮れている時は何処からともなく現れてくれた。

そのすべては本当に偶然だったけれど、「困った時は渡辺君が助けてくれる」という考えは自然と私の中に生まれていた。

いつか彼と距離を縮めて仲良く話せる時が来ることを望んでいた。

そんなの有り得ないと分かっていても、どうしても信じていたかった。

だから、渡辺君が好きだという漫画はすべて読んだ。

彼がはまっているというゲームもやってみた。

格ゲーは苦手だったけれど、毎日徹夜してクリアした。

それだけで渡辺君に近づけたような気がしていた。

全部、気のせいだったのに。



「見つけた。」

いつもより大きな声で言われ、慌てて顔を上げる。

肩で息をしながら、渡辺君が私を見下ろしていた。

――探してくれたのか。

嬉しいような恥ずかしいような気分になる。

渡辺君は私の前にしゃがむと、プラスチックケースを差しだした。

「折角集めたもの、投げたりしたら駄目だろ。」

私は慌ててケースを受け取る。

「安藤さん、こういうの好きなの?」

そう言われ、返答に困った。

「最初は好きじゃなかったけど、漫画読んでたら、面白いかなって思えた。」

私の答えに渡辺君は少しだけ笑った。

そういうことなのだと思った。

好きじゃなくても、歩み寄って行けば良い。

渡辺君はずっと私にそう伝えたかったのだろう。

「安藤さんが頑張ってること、誰かが必ず見てるよ。

安藤さんが傷付いてること、誰かが必ず気付いてくれるよ。

安藤さんが良い奴だってこと、ちゃんと分かってる奴がいるよ。」

渡辺君はまるで小さい子供を諭す時みたいに、優しい声でそう言ってくれた。

そんなことあるはずない…、そう言い返したかったのに、つい安心してしまった。



「吾妻が、安藤さんと仲良くなりたいって結構前から相談してきてた。

安藤さんの何が良いのかって聞いたら「顔」って即答された。」

渡辺君と、資料室に廃棄されたペンキだらけの机に腰を下ろした。

彼は私の知らないクラスのことを教えてくれた。

「吾妻、去年のクラスで清水とすごく仲悪かったみたい。だから安藤さんのこととにかく気に掛けてた。」

渡辺君は穏やかな表情を浮かべながら、机に彫られた落書きを指でなぞっていた。

吾妻君みたいな美形ではないのに、やっぱりそういう表情が様になっていた。

「あいつ、V系とか疎いみたいだから、一緒にタワレコとか行って…最近女子が騒いでるような曲試聴したりした。R指定とかthe GazettEとか。

安藤さんは何処のバンド好きなの?」

聞かれ、私は少し考え込む。

「本命盤はナイトメア。好盤はplastic treeと己龍と人格ラヂオと…あとなんだろう。」

チャイムが鳴った。

授業が始まったらしく、校舎は静かな音が聞こえていた。

私たちは資料室の中で他愛もない会話をしていた。

誰も、資料室には来なかった。


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