瀬々悠の裏事情


うなだれる瀬々に、智昭は息を一つ零しながら、彼の頭をポンポンと軽く叩いた。


「やる気が削がれるのも分かるけど、今の瀬々ちゃんは藍猫の社員なんだから、仕事はきちんとしなさい。解雇の件は俺からも社長に掛け合ってみるから」

「うー」

「返事は?」

「らじゃー」


智昭が自分のデスクに戻ると、瀬々も重い頭を上げて自分が担当している依頼に取りかかる。
荷物から資料を取って、依頼の内容と期日を確かめながら優先順位を決めていく。
常に複数の依頼を同時にこなす為には、それぞれの依頼の優先順位を明確にして判断しなければならない。
それを見誤ってしまえば、自分のスタンスは崩れ、他社員の足を引っ張ることになる。
引いては藍猫の看板に傷をつけることになるのだ。


チリーン…――


自分なりの優先順位を付け終わった頃、来客を知らせるベルが鳴る。
辺りを見回すが、事務所には自分と智昭以外は席を外しているようで、資料を所定の位置に戻す。


「ああ、瀬々ちゃんは自分の仕事して。俺が行くから」


立ち上がろうとする瀬々に、智昭は制止の声を掛けて足早に受付へと向かって行った。
口を開けば生意気な事ばかり言う愛想のない自分より、穏やかで常に相手への配慮を欠かさない上司の方が適任だろう。
そんな事を思いながら、瀬々は智昭に言われた通り席に座り直し、戻した資料を再び取り出した。


「最初の依頼は…っと」


依頼内容を確認して依頼人名を見ると、見覚えのある名前が目に入る。


「大宮……確か」


瀬々は棚から顧客名簿を取り出す。
名簿を開いて指で辿って探していくと、覚えの通り同じ名前が記されていた。


「大宮良介。二五歳の異能者。依頼回数は六回。時期は不定期。前回の依頼は去年の十月で、担当はねねさんか。んで性格は温厚やや優柔不断……通常運転で大丈夫そうッスね」


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