瀬々悠の裏事情

藍猫 事務所




「せんぱーい」

「んー」


個室を後にし事務所に戻ると、智昭は棚からファイルを取り出していた。


「どうしたの。何かあった?」

「いや……準備は出来たかと思って」


様子を伺いながら瀬々が呟くと、智昭は手を止める。
そして彼を一瞥すると、智昭は再び手を動かしファイルを棚に戻した。


「もう行くよ。あ、そこに置いてある書類持っていってくれる?」

「了解ッス」


智昭が視線を送った場所に置いてある書類を手にする。


「それにしても驚いたよね」

「え?」

「名はあれどこんな小さな店にさ、まさか桐島家の跡取り息子が来るなんて」


智昭の不意の呟きに、瀬々静かに目を張る。


「……読みましたね?」


ただそれだけの言葉を掛けると、智昭は笑った。


「まさか。俺は始めから気付いてましたよっと」

「うそぉ」

「嘘じゃないよー。前に調停局に行った時に、千秋ちゃんに写真を見せてもらいました」


普段と何ら変わりない様子の智昭に、瀬々は彼の言っていることが事実だと確信すると、やや不満げな表情を浮かべた。


「っていうか、本当にそうなんスか?」

「本当だよ。それに本人が名乗ったのなら、間違いないんじゃないの」

「まぁそうッスけど……って!」


瀬々は唐突に大きく声を張り上げる。
そして睨みつけるように鋭い視線を智昭に向ける。


「やっぱ読んでるじゃないッスか!!」

「あ、バレた」


口ではそう言いながらも澄まし顔で、痛いほど刺さる視線すら流すように、智昭は笑みを浮かべる。


「だって瀬々ちゃん可愛い顔してるんだもん。気になっちゃって」

「はぁ!?どこを見てそんなこと言えるんスか!」

「どこって全体?強いて言うなら、聞きたいけど聞けない!先輩気付いて~!みたいな雰囲気と顔」

「んな雰囲気ないし、顔にも出してないッス!!」

「でも気になってたでしょ?」

「う…それは……」


本心を突かれ、瀬々は思わず言い澱む。

――ムキになればなるほど
――先輩の手中だってのに。
――またやっちった。俺の馬鹿。
――自己嫌悪なう。

内心悪態をついていると、智昭が困ったように笑みを零す。


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