瀬々悠の裏事情
「俺は八時に出勤して十一時まで受付で、午後にはお得意様が二件入ってる。明日はずっと事務所だね。ってか午後散策なら直帰でいいよ」
「いいんスか?」
直帰という言葉に眠気が少し覚める。
情報を集める為にあちこち駆け巡った後に、再び会社に戻って報告や業務をするのは、やや面倒であるからだ。
その上、藍猫では通常十七時で業務は終了としているが義務ではない為、瀬々は自身の気が済むまで収集する時が多く、待ってもらうと他社員に迷惑が掛かることになるので、直帰の方が有り難かったりするのだ。
「ん。悠のことだから、遅くまでやるでしょ。社長には俺から言っとくから。終わったら俺に電話してくれればいいから」
言わずとも智昭には分かっていたようで、瀬々はどことなく嬉しくなって口元に笑みを浮かべる。
「了解ッス。じゃあお言葉に甘えて……それと智兄」
瀬々は何かを思い出したように、声を掛ける。
「明日って千秋さんいる?」
「千秋ちゃん?土曜日だから多分いると思うけど……調停局に行くの?」
「いちお。あの人、七華に詳しいし。だから桐島の坊ちゃんについて、ちょっと聞いておこうと思って」
それ以外にも依頼主である洋子について、何か手掛かりがあるかも知れないと踏んでいたりもする。
七華でもない少女の為に、桐島陽一がまるで自分のことのように真摯になる理由。
本当にただの同級生なのか、それとも何か深い関係なのか事情があるのか。
いくら思考を巡らせても、現状ではそれらは憶測の域を出ない。
「なるほどね。なら明日の朝、連絡しとくよ」
「あざっす」
「じゃあ俺はシャワー浴びてくるから。そのまま寝るなら、タオルぐらい掛けて寝なさい。夏でも風邪はひくんだから」
「んー、」
智昭の小言にも似た言葉に唸りながらも、瀬々は目を閉じたまま渋々辺りに手を伸ばした。
そしてソファの手触りと違うものを捉え、それを掴んで自分に掛けると、そのまま意識を手放した。
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